Feeds:
投稿
コメント

今から45年近く前に、主人と私は三カ月近くかかって

世界一周旅行をしました。

その日記を以前のブログに載せたのですが、

どなたかに潰されて、というか、変にされて

読めなくなり、写真も消されてしまいました。

何人かの友人に、

その時代の貧乏で珍しい旅行は

日記があるのなら、もう一度載せて~と

言っていただきました。

当時は今の時代のように

誰でも簡単に自由に海外へ旅行が出来るようになるなんて

想像も出来ませんでした。

海外旅行そのものが珍しかったのです。

まして、ツァーではなく、

二人きりで足の向くまま、気の向くままの旅は

信じられないような冒険でした。

1ドル300円。日本は石油ショックの年でした。

(何故かトイレットペーパーが無くなるという噂に

主婦達の買いあさりは大変な事でした)

金持ちでない、27歳の普通の主婦の出来事です。

その頃、主人は大手広告代理店D社に勤務していて、

海外留学制度でアメリカの大学院に

1年留学することになりました。

主人も海外は始めて。

主人の出発には沢山の人から「お餞別」たるものをいただき、

大勢でお見送りしていただきました。

娘と二人の生活で中、

毎日、手紙や絵葉書をくれていたので、

それほど寂しくもなく

安堵した気持ちで生活をしていました。

留学が終わる頃、

会社から世界を周ってくる事が許されました。

留学中は海外出張手当が出ていて(私の方には基本給のみ)

主人は節約生活をしてお金を貯めて

私に送金してきてくれました。

「女性が海外旅行に出る機会がないから、

是非決心して一緒に世界を見て周ろう」と、

主人からの提案でしたが、悩み苦しみました。

第一に2歳の娘が居る。

とても繊細な娘を3ケ月も預けて海外旅行に出るなんて・・・

娘も一緒に、と考えましたが、毎日が旅。温度の差も激しい。

苦渋の中で、私の母と妹とに頼んで

預かってもらうことになりました。

「ママは、今より広い目と心を持って帰ってくるから・・・」

とまだ理解できないであろう幼子に言いながら

涙を流すことも少なからずでした。

そして

飛行機のラウンドチケットが80万円!!

私と幼子の生活費は

月5万円ほどでしたのでビックリでした。

第二に私自身、英語が話せない。飛行機も初めて。

なのに主人はハワイに2泊してくるようにと指示している。

大丈夫かという不安。そして、私の両親の不安。

 

「エエィ!何とかなる!」

当時はクレジットカードという便利なものも無く、

パソコンも勿論、携帯電話など有りません。

写真もデジタルではなく紙焼きで

カラーフィルムの現像はすごく高くて

とても節約しています。

現在では信じられない旅行でした。

これからは昔の日記を綴っていきます。

 

 

広告

老人だから休日は動かない!と

思っていたのですが、

あまりに良いお天気なのでドライブでも!

近場で紅葉を、とPCで主人が調べました。

 

六甲山の高山植物園が見頃とありました。




 

確かに紅葉はしていましたが、

早すぎたのか?

そもそも色づく樹が少ないのか

「紅葉」を観てきた!という感じはあまりありません。

それでも、面白い植物に出会えて喜びました。



 

 

登山が好きな主人は、

ここは、きっと初夏がいいよ~と言います。

来年、元気でまた来よう~という事になりました。

残された一年一年が愛おしい年齢になってきた私たちです。

 

次から

45年前(1974年)の超貧乏、世界一周の日記を

載せて行きます。

 

 

 

 

姪っ子の結婚式

10月の心地よい秋日和に

姪っ子のRちゃんの結婚式が東京の

麻布グレイスゴスペル教会でありました。

荘厳な教会の建物と雰囲気。

神の愛が溢れている感じがしました。

「おめでとう~幸せになってね」とうれしくて

その場に居ることに感謝でした。

取り敢えずの写真です。

 

これは姪っ子と彼の写真ではありません。

挙式中は写真撮影は禁止されています。

でも、裾の長いウエディングドレスが

印象的でした。

 

パイプオルガンとチェロの音色と讃美歌。

荘厳な上に更に荘厳さが加わり素敵でした。

Rちゃんは母親をマミーと呼び

私の事をみーママと呼んできた。

本当におめでとう~♡

 

披露宴のケーキカット

 

シャンパンタワー

 

結婚式が彼のお誕生日。

 

その翌々日が

父親のお誕生日でバースデイケーキのハプニング。

ブレまくりの写真ばかりですがそれも良い!(笑)

image1

・</p>姪っ子から、前撮りの写真をもらいました。

その日は香取市の妹宅で泊まりました。

 

近くの香取市の観福寺、香取神宮、

そして

伊能忠敬の旧宅に連れて行ってもらいました。

 

 

帰路の機内から、真っ赤な夕焼けの中に

美しい富士山が輝いて見えました♪。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13日、神戸のポートアイランドで

千葉県からかぼすちゃんが来る

チャリティーイベントがありました。

(殺傷処分される犬猫を助けるため)

沢山のワンちゃんと飼い主さんが

集まって来ましたよ♪

私のように犬猫ちゃんが飼えない人もね。

 

かぼすママさんは私を覚えていてくださいました。

 

かぼすママさんがご自分と私と似ているって!

そんなうれしい事を言ってくださって

幸せな時間を過ごしました。

本当に楽しそうな顔している私。

腰痛で神経ブロック注射を打ち

耳石が動いて目眩しているのを

すっかり忘れて時間を過ごしました。

パワフルなかぼすママさんの

魔法にかかったのかな?

島根県からがんちゃんと、てんちゃん、タッキーちゃんも。

ブログ(コタ&アン&てん&たきのちょんぼし幸せ)

会えてなでなでさせてもらえて、嬉しかった!

成田の花屋さんのかおりさんも。

]

お会い出来て良かった~

かぼ父さんと、meekooさんは

一人一人、かぼすちゃんとママさんと

かぼすファンの皆さんを

日光の当たるところで、しゃがみこんで

2時間近くも写真に撮り続けてくださいました。

それにつけても

かぼすちゃん、さぞかし疲れたでしょう。


ずっと笑顔のママさん、

ありがとうございました。

かぼ父さんはじめ、かぼママさんのお仲間の

優しく強い絆に乾杯!

「かぼすちゃんとおさんぽ」は人気のブログです。

腰痛が酷い毎日でしたが、

薬をプラスして少し楽になった翌日に

長浜、安土城跡と「信長の館」に行って来ました。

私は長浜は初めてでした。

長濱城は

豊臣秀吉が居城として初めて築いたお城。

可愛いいお城という印象でした。

再建されたお城に入って上がると


琵琶湖がすぐ下にみえる。

曇り日でしたが、湖が綺麗で

こんなに近いの!と驚きました。

琵琶湖を制していこうとする信長の想いを感じます。

現在、長浜(長濱)の町は古い町並みを生かして

若者たちが喜ぶように出来ていました。

黒壁スクエアには若者でいっぱいでした。

ガラス館など人気でした。

 

私は骨董屋さんで小皿を買いました。

手元が狂ってよく割りますから

お安い日常使いのものを3種、2枚づつ。

安土城址跡を尋ねました。

今は少しの城壁と階段が残るだけの山になっていました。

急斜面に建っていただろうと

想像するだけでした。

 

 

安土城考古博物館にいきました。

その近くに「信長の館」があります。

一度見たかったと言う主人。

金箔と漆と螺鈿で出来上がっている6階部分

ため息が出るほど美しい~。


セビリア万国博覧会で日本館のメイン展示になったもので

安土城の最上部5階6階部分が忠実に復元されたものです。

また、VR(バーチャルリアリティ)で

安土城の中へといざなわれます。

こんなに美くて豪華な山城があったことに驚かされます。

信長の想いを感じ取ることが出来ます。

 

そして、本能寺の変で信長は亡くなり、

安土城は建立されて僅か2年で焼失したそうです。

今残っていたら!と強く強く思いました。

 

形有るものは、いつか壊れる。

命もいつか亡くなる。

樹木希林さんのように自分らしく生き

自分らしく

死を迎えることができたら最高だな。

 

この年齢になり

「癌っていいな」と思っていました。

余命がある程度解かる(準備が出来る)から。

(痛みだけは取ってもらいたい!)

もちろん元気で健やかに

生きて行くことが出来れば一番良いですね。

 

あと3日で2018年の8月が過ぎて行くことに

唖然としてしまうし、ヤレヤレとも思う。

酷暑・猛暑と言われ半端でない暑さが続く。

大雨や台風も多くて

逆に普通の夏を楽しめる余裕もなかった気がします。

実は主人の寝室にも、書斎ににも

エアコンが今まで無かったんです。

町自体少し高台にあり、マンションの

3階なんですが、平地からは6階くらいの高さがあり

後ろが山に続くので

朝は高原にいるようだし、

夜中は寒くて窓を閉めて寝ている。と言っていた主人が

エアコンが要る!と(笑)

 

中旬に次女がもう一人の学者さんと一緒に滞在。

休暇で来たのではなく

学者としての超多忙な仕事でした。


湯上りの三人。

娘は夫と二人の子供がいるし、彼女にも夫が居る。

今、二人はそれぞれにしかできない仕事で頑張っている。

女性が自分の生き方をしっかり出来るがことが

心から素晴らしいと思う。

 

猛暑・酷暑のせいもあり

体調の維持は誰もが大変でしたね。

私もこの夏は腰痛が堪えました。

体力の無さ(色々な病気)のことも有り

10年近く頑張ってきたボランティアを

退会する決心をしました。

 

昨年、仲良しだった友人を癌で亡くしました。

彼女とは中国語の勉強も頑張りました。

中国残留孤児たちが経験した

壮絶な人生を垣間見て来ました。

戦争が起こす多くの災禍。

たくさんの事を学んだボランティア活動でした。

あと5年、と言われるのですが

その自信が無くて、夏休みで

静かにフェイドアウト出来ればと・・・

総てに、謝謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は前に馬籠宿・妻籠宿に行きたいと

主人に話していました。

今回、酷暑の中でしたが、

ドライブで行こうと誘ってくれました。

山好きの主人はとっくに連れて行ったと思っていたそうです。

馬籠宿(岐阜県)

KIMG1364

馬籠と言えば島崎藤村の故郷。

清水屋資料館で資料館の女将さんと話に花が咲いた。

島崎藤村のこと。

藤村は長男を、清水屋さんに託した時の話。

馬籠が中津川側に入るか、長野県側に入るか揉めた当時の話。

和宮の輿入れの時の行列の話。

80歳になる彼女の結婚の時の話。

お転婆だったという、チャキチャキで

若く見える彼女との話はとても楽しかった。

こういうのが旅行の楽しさですね。

 

妻籠宿(長野県)

懐かしい懐かしい宿場の面影。

猛烈に暑くてかき氷を食べていた時

お土産に風鈴を買っていた

若いイタリア人カップルと話こんだ。

3週間近く休暇を取って

東京から信州

そして大阪・京都・広島に行くという。

そしてAre you from? と聞かれました。(笑)

それにしても暑い! だからかしら?

観光客がとても少なくて、良かったかもしれない。

私の服装が暑苦しそうに見えるでしょうが

上着を着ないともっと暑い

木曽福島に泊まりました。

翌日は主人はホテルの前の山村代官屋敷へ。

その後一緒に関所に。

時代劇で関所はよく見るけれど

本当の関所は初めてかもしれない。

 

 

 

前が川、後ろが山の逃げられない地形に納得。

 

昔、女性の一人旅の取り調べは

ことのほか、厳しいものだったようです。

一般の人でも、下役人が調べて、上役人にまわされ

関所に入ってから出るまで

一刻(2時間)はかかったようです。

 

 

そして奈良井宿。

馬籠宿・妻籠宿に感激していたけれど

私個人的には「奈良井宿」が

一番、心に残りました。

昨日に続いて暑いので観光客も少なくて

江戸時代にタイムスリップしたかのような風情に

心ウキウキでした。

 

 

 

 

 

 

こんな景色が1キロ以上続くのです。

お蕎麦屋さんにお焼きのお店。

漢方薬のお店や漆器のお店。

 

私は漆器屋さんでおばあさんが留守番をしていたお店で

普段使いに何かと便利な木曽塗りのお椀2個と

主人と私のお箸をかいました。

KIMG1407

 

 

おばあさんはこんな暑い夏は初めてだゎ

この場所が風が良く通るので涼みなさい。と

自分が座っている席を空けてくれた。

 

新しい感覚の小洒落たお店が無いのが何より良い感じ。

観光協会の女性の人に薦められたお蕎麦屋さんでランチ。

 

冷房も無ければ洒落た飾り物も無いけれど

山菜の天ぷらとお蕎麦が美味しかった。

奈良井宿の住民たちは

この宿場を昔の形で残すことを決めたそうな。

<a

帰路は四日市の辺りで工事の為、渋滞に引っかかりました。

<p

我が家に帰って来て

ニュースで私たちの渋滞の後ろの方に

トラックが突っ込み9台の玉突き事故があり

心肺停止の人もいるという・・・

人生何が起きるか分からない。

「いつもありがとうございます」と手を合わせました。

<a

<a

<a