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Archive for the ‘Uncategorized’ Category

3月19日ベニス二日目

荷物を預けた時の札を失い、イタリアのことだからと番号を変えに行った。

 

 

乗り合い船でサンマルコ広場に。

ルネッサンス的建物が広場を囲む。広場のカフェテラスでコーヒーとサンドウイッチを注文。バンド演奏も入りムードはいいのだが・・・ボラレたのか2500リラもとられたので、チップは止めた。

 

 

サンマルコ広場にて

ゴンドラに乗ろうと値段をきくと、10000リラという。5000リラまで交渉をしたが、もう少し、と乗り合いのカップルを捜し求める。中々適当な相手が見つからなかったが、三人連れの人達が気持ちよく同意してくれて、一人2000リラで交渉まとまり乗る。ローマに住む若い日本人カップルと日本語を話せるイタリア人。イタリア語の分らない私達は彼の説明はとても助かりました。

 

ゴンドラに乗って

 

ベニスの町をブラブラ歩く。曲がりくねった道は、時どき行き止まりにぶつかる.

迷って入り込んで 、はじめてベニスの人々の生の生活がわかる感じがする。 あんなに多く観光客が居たのに一人さえも遇わない。

 

見事な洗濯の干し方

 

 

 

振り返って・・・ベニスの水位が、この頃から心配されていました。二度目に行った時も水位の上昇を感じました。今はサンマルコ広場は水浸しの時が多くて長靴が必要と聞いています。

サンマルコ広場は映画「旅情」を思い出します~。

 

 

 

 

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3月18日 ミュンヘンからベニス(イタリア)へ

ベニスに向う列車で一緒になったイタリア人ご夫妻。中々言葉は通じないのだけれど、絵を描いたり数字を書いたり、ジェスチャーたっぷりで話(?)が弾む。全くイタリア語は出来ない私達なんだけれど、言葉というものは不思議なもので、その気になれば相手のいうことが解るもの。途中でベニス行きの車両に乗り換えるときも荷物を運ぶのを手伝ってくれる。(同じ列車でも、行き先で車両が変わる)

次はドイツ人二人。ホテルのボーイをしているという男性の考え考えの英語で話が出来る。

お腹が空いて食堂車で食べた食事が失敗。リラに換金していなかったのでボラれて10ドルも取られてしまう。 う~ン。

側にいたドイツの女性にナプキンで鶴を折ってあげると、ビックリしたことに彼女はバッグに折り紙のようなものを持っていた。そして、カンガルーを折ってくれた! 折り紙をしておられるのだ。 鶴の折り方を教えてあげたら、外人にしては上手に折り喜んでくれる。

 

・・・・・

 

ベニスに到着。わぁ~、写真で見たそのまま、運河の町。駅のすぐ前はもう運河。

 

 

不思議な感覚の町。素敵な町。 駅前で5・6件ホテルを当たってみる。観光地だから宿泊代は案外高い。ホテル・GVERRINI。11100リラ(ドル100=リラ62000) 例によって居酒屋で食事。 早速スパゲティー、イタリア餃子(ラビオリ)を食す! あ~ア、さすが本場!スバラシイ~ィです。オイシイ~ィです。 運河の町をそぞろ歩いて楽しむ。

 

さすがベニスのタクシーはモーターボート。 バスは乗り合い船。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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3月17日 インターラーケン(スイス)からミュンヘン(ドイツ)へ

 

早朝、ホテルを出る。曇り空だが雨がやんでユングフラウがくっきり見える。でも頂上はやはり吹雪いている様子だ。

 

 

インターラーケンからブリンツェル湖を通り、ブリュゥニッヒを越えてチュウリッヒへ。その途中の列車の登り降りに従って変化するアルプスの表情、どこまでも青い湖、緑の草原そして白く輝く雪の峰々。美しい。あまりにも美しい。とにかく美しい。言葉に表現出来ない。写真に写せない。日本に居る娘や父母、兄妹、みんな、みんな連れてきてあげたい。ただ涙が出てしまう私。

チュウリッヒからまたまた国際列車でミュンヘンへ。南ドイツの光景も穏やかで美しい。が、またもや雨。

ミュンヘン着8時。そして雨。また明日は早朝に旅立ちするのでステーション近くのホテルへ。高い! 45マルクを40マルクにしてもらう。

Kさんのミュンヘンへの目的はただ一つ。世界一有名なビヤホール、「ホフブラウハウス」に行きビールを飲むこと。

店に入るとワァ~とした熱気のような雰囲気がある。若者達はジョッキーを振り上げ大声で歌っている! バンドも入っている。とても賑やか。広い!細長いテーブルに細長いベンチのような椅子。

たまたま席に着いたら、向かいにすわっているおじいさんが「ヤパニーズ?!」と言って喜んでくれる。「今度はイタ公なんぞ仲間に入れず戦おう~な」という。(主人の翻訳)

主人は目を白黒させている。そうなんだ。ホフブラウハウスはヒットラーが最初に決起したところだ。 奥さんは言葉は通じないけれど、傍にある新聞にドイツ語を書いて意志を通じさせようとしてくれた。(主人は第二外国語はドイツ語)。それで今日、おじいさんの69歳のお誕生日だという事を知る。そして、ビールをご馳走してくれた。ご機嫌なんだ。

「日本人女性はとても美しい」と何度も何度も投げキッスを送ってくれる。 お礼(?)にナプキンで鶴を折ってプレゼントした。そしてみんなと一緒に歌った。堅物だとおもっていたドイツ人のイメージとはほど遠く、陽気で楽しい酒場(当たり前か!)。 お別れの際、おじいさんに抱きしめられて頬にキスされた!!

 

 

 

 

 

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平成から令和になり

世間では大騒ぎですが、

わが家はあまり関心がなく

時代の移り変わりを静かに見ております。

 

平成になった時は昭和天皇が崩御されたので

自粛の波に飲み込まれ

仕事柄、何も出来ない日々を過ごしたことを

思い出しました。

今は明るい雰囲気に包まれて

良かったと思います。

 

・・・・・

 

長女の水彩画です。

フェイスブックから載せますね。

 

 

 

 

 

 

こんな風に描くことが出来るなんて

凄いなぁ~、いいなぁ~と

感心しています。(親バカです)

 

 

 

 

 

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3月16日 ジュネーブからインターラーケン

朝起きると小雨がパラついている。山の天候を心配しながらジューネブを発ちこの旅2度目の列車の旅になる。

ジュネーブ駅にて

 

 

 

 

レマン湖を右に見て、まずベルンへ。

昨日初めて見たスイス。そのレマン湖のある街の風景とは違い、雪のアルプスの山々を背景にした美しさは、私達を寄せ付けない気高さを持っているようにさえ思える。でも、スイスらしく愛らしい家々が人間生活の暖かさも感じさせてくれる。

ベルンから列車を乗り換えインターラーケンへ。

そのすぐ手前のツゥネル湖の美しさに目を奪われる。雨後ゆえに湖上にかすかな霞をかかげ、アルプスの銀嶺がその背景に威厳を添える。幻想的というか今までに見たことの無いその世界。赤い屋根の家々がいかにもスイス・アルプスらしい雰囲気を漂わせてくれる。「絵のように綺麗だ」と言うけれど、絵にはこの美しさ描けない。目の前に広がるパノラマは生の目で見る感激。思わず涙が出てしまう。

インターラーケンから登山列車に乗り変える。天候が気になったが、ユングフラウヨッホに向かう。

およそ3時間グリンデルワルドから大急ぎで次の登山列車に乗り換える。

グリンデルワルドからスキー客達と共にアイガーの北壁を登りきると案の定、大吹雪。見えるはずの景色が何も見ることが出来ない。でも、これもアルプスなんだ。登山列車の、その印象の強烈なこと! ユングフラウヨッホにある氷の宮殿。凍りついたアルプスの雪で作られたものだろうか?氷の結晶はダイヤモンドのように輝き、不思議なことに海底の宮殿のようにさえ感じる。神秘的。気圧は海面の三分の一とか。

氷の宮殿で”

管理している人と

 

ラウターブルネン経由で下山。インターラーケンで宿を探すも日が落ちてしまった後、しかも雨。安宿見つからず20ドル奮発する。

インターラーケン6S

 

これを活用するため大洗濯。夕食は近くのレストランでチーズフォンデュー。 昨日のオイルと違いトロトロのチーズ鍋に一口大のフランスパン、野菜等々を絡めて食べる。チーズ好きな主人は大喜び。オイシ~イ。このチーズ鍋を日本に帰ってから作るのは難しいかもしれない。(今は簡単に出来るように、チーズを配合して売られている)

 

・・・この20年後、子供達を連れて再びこの地を訪れた時、登山列車はもっと近代的になり、時間がかからず上まで登る事が出来ました。その分、体調の良くなかった次女は酸欠の高山病で氷の殿堂はグッタリして見ることが出来なかった。氷の宮殿は昔のままありましたが、落書きの多さにビックリしました。しかも日本人の名前が多くて悲しい気持ちにもなりました。 高山病の酸欠は列車が降りるに従って、元気になって行く様子が見事。娘達はスイスの美しさと可愛いホテルや家々に「また絶対に来る!」と誓いあっておりました。

 

 

 

 

 

 

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3月15日 ニース(フランス)からジュネーブ(スイス)へ

飛行機から見たニースの海岸の美しいこと。そして銀色に輝くアルプスの峰々の神々しいこと。美しいこと。広いこと。人間に踏みにじられていない白い雪が輝く峰々を眼下に見下ろしながらスイス・ジュネーブに到着。

中立の平和な国。世界で最も美しいといわれる国に足を踏み入れる興奮がある。言語はフランス語。スイスは地方によって日常使用される言葉がフランス語・ドイツ語・イタリア語・ロマンシュ語(?)と四つの公用語があるそうな。ゆえに英語は通じるようでひと安心。スイスの人は五つの言語がどれほど出来るのだろうか?すごいなぁ。

その名もホテル・デ・アルプスという私達向きの安いホテルが見つかり、近辺を散歩。時計のペンダントが可愛く、値段も気に入ってお土産用に5つばかり買う。(沢山の人にお餞別をいただいているから)    お店の人が私達が日本から来たというと「セイコーがあるじゃないの」と笑う。そうなんだけどね。

レマン湖散策。白鳥・水鳥が遊ぶこの湖は細長くフランスにも続く。ゴミ一つ落ちていないし空気も水も美しいのは当然のこと。120メートルにも吹き上げる噴水におどろく。

 

夜、食べたかったスイス名物料理、フォンデューのお店を探して、オイルフォンデューを食べてみた。(チーズフォンデューの方も食べたかったのだけれどまたの機会に)。

たぶん(?)サラダオイルの入ったフォンデュー鍋を食卓の上で火をつけて、一口大に切った肉などを長いフォークのようなものに刺してしゃぶしゃぶの要領でたべる。ウェィターが目の前でいろいろな調味料、香辛料を混ぜて作ってくれたソースが素晴らしくおいしい。トレビアン!! こんなに美味しいものだったのですね。しっかりとソースの作り方を見たので日本に帰ってから必ず作ってみようと思う。

振り返って・・・今ではフォンデューは珍しくもありませんが、その頃は日本では馴染みがなく、ワクワクして食べたことを思い出します。

 

 

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1973年 3月14日 ニース二日目

銀行ストの為(日本では考えられない)、換金に困ってニースの町をウロウロ。カーニバル後の片付け作業がまだ終わっていないニースの町。 トラベラーズチェックでおつりを得る目的もあり、オレンジを買って、私の水着を買って海辺に出る。 紺碧の海。澄んで美しい。

ニース9S

 

 


砂浜というより小石の浜辺。ビキニ姿もチラホラ、泳いでいる人も何人かいる。太陽はサンサンと輝き、空気がきれい為なのか、生まれて間もない太陽のような感じがする。けっこう寒いのに何故泳いでるのだろう?(海の水は暖かいのかな?と手をつけてみた。冷たい!) オレンジを食べたり寝転んだりしばらく海の空気を楽しんだ。でも日本の海の磯の匂いがあまりしないの何故なんだろう?

旧市内へ入ると野菜市。細い路地には洗濯物がヒラヒラ。パリで探し求めたフランスの生活の匂いをみつけたうれしさ。 緑豊かな城跡の公園を楽しんでから港へ。

 

 

ネスカフェのイベリア地方のCMを思い出す。港の海水も澄んでいて底が見える。ゴミ一つ落ちていない。

 

美しい海と山を背景に、生活の匂いも充分感じられ、私はパリより肌が合う。人々の態度も比べようもなく親切で暖かい。町でみかけた子供達ものびのびしているように思える。素朴さが残っている町。 ニースで絶対に食べたかったブイヤベースもとてもとてもおいしくて満足。

 

振り返って・・・主人はGパン2着、セーターは一着(私が編んだもの)、下に着るT シャツ2着、下着それぞれ替え2着。スーツ、それで過ごしていましたので、お見苦しい格好です。<m(__)m> 私も同じようなものです)

 

 

 

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