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Archive for the ‘Uncategorized’ Category

今年は梅雨入りが遅くて

水が足るのかどうかと心配をしましたが

今、しっかりと梅雨。

 

次女家族が東京へ来ていたので

東京、仙台と一緒に旅行の予定でしたが、

私の身体に不安を感じて

可愛い孫のZさんとAさんと

仙台に行かず

東京から主人と帰宅しました。

 

でも、

東京で楽しい濃い時間を過ごしました。

 

赤坂の「忍者レストラン」に行きましたよ。

忍者に凝っているZさんは大喜び💗

でも、暗かったので私のスマホでは

殆ど撮れずでした。

この格好で「忍者レストランへ」

 

 

 

じぃじとZさん


 

写真を送ってもらえたら

また改めて追加します。

お誕生日のお祝いも兼ねてでしたので

電気で走る模型の電車を

買ってあげました。

喜んでくれました。💗

 

 

今日、シンガポールに帰国した孫たちを

見送ることが出来ず、悲しく思いました。

 

・・・・・

 

 

先日、UP出来なかったブログです。

 

月一度のロイヤルホテルでの

パサパの勉強会は

「脳」と「心」と「体」と「やる気」について

大学の先生のお話は面白くおかしく

お話しくださいました。

 

 

最後は涙で締めくくられました。

涙のお話は

腰塚隼人さんの「命の授業」

事故で首の骨を折り

手術は成功しましたが

首から下は全く動かない身体になって

自殺さえできなくなって

今のすべてを受け入れて

いつも笑顔で花のように

生きることに決めました。

 

指が動き、手が動き

不自由な身ながら中学の教職に戻る時に

「五つの誓い」をたてました。

① 口は人を励ますために使おう

② 耳は人の言葉を最後まできいてあげるためにつかおう

③ 目は人の良い所をみるためにつかおう

④ 手足は人を助けるために使おう

⑤ 心は人の痛みが分るために使おう

 

私には到底出来ないことかもしれないけれど

心に留めたいと思います。

 

ロイヤルホテルの玄関のお花

 

 

 

 

 

 

 

 

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3月29日  アテネ三日目

今日はアテネ最後の日、ヨーロッパの最後の日になる。

もう一度アテネの宮殿に行こうと思い、何人かの人に道を訊きながら歩く。でも、また同じ日航のある場所に出てくる。??

たどり着いた王宮公園は静かで美しく、オレンジの実がたわわに実っている。日航の女性に取っても良い、と教えられていたが、やはり止めた。

 

日航で随分話し込んだ為、昼食時間になり、昨夜の店を探したが、またまた苦労する。やっと見つけて入ると覚えていてくれたらしく、「オー マイフレンド!」と喜んでくれた。「また明日も来て!」 と言うのだけど、もうお別れ。

空港に着くとJALのカウンターが見つからず、訊いてみると、まだ時間が早すぎるので、そのうちどこかのカウンターにJALの看板が出るとのこと。 ぶらぶらして待つ。主人がギリシャの地酒「ウゾ」を飲んでみると言う。匂いがつよく、かなりアルコール度が強い。

街で1ドラクマの絵葉書が空港ではなんと6ドラクマ。万事そんな調子ですべてが高いのにビックリ。   日航のカウンターが出来て、そこで荷物の全チェック。 ギリシャ人の若い男性がとても親切で仲良くなる。彼は仕事の愚痴もこぼしてた。  JALの賑やかな農協?さんの団体さんと一緒になりチョッと心配だったけれど、その彼が団体さんと離れた席をとっていてくれた。

飛行機の中で彼と握手してお別れする。

さようならヨーロッパ!

 

・・・・・

 

振り返って・・・ヨーロッパはもう訪れることも無いかもしれない、と46年前のこの時は思いました。 アメリカからロンドンに入って、ヨーロッパの文化に触れた時、カルチャーショックを受けました。

アメリカに入った時は、日本と違う逞しい力強い大きなエネルギーに、ビックリしました。

が、ヨーロッパはそれぞれの国々が守ってきた文化・芸術にただただ感激でした。建物や風景の美しさは、私の拙い文では伝えられていません。日本も美しい風景や文化を大切にしなければ!と強く思ったことでした。

アメリカは西海岸と東海岸で4時間の時差がある。 ヨーロッパは全部同じ時間を持つ。多くの国がそれぞれの文化を誇りに思い、それぞれに美しい。 今はその時は考えられなかった ユーロ圏が出来て、不思議でもありました。

そのユーロ圏がいろんな問題を抱えている現在が、また気になります。多くの戦争があって、それを乗り越えるために出来たユーロ圏だと思っていましたし。

国によっての格差があるから問題なの? 移民の問題なの? 私の幼い頭脳では理解不可能です。 自国ファーストを主張しすぎると、諍いが起きる。 自国を愛しているのはどの国もみんな同じだと思う。人間の叡智に大きな期待と少しの不安を感じます。

2008年秋に東欧に2週間の旅行をしました。共産圏、社会主義国は46年前には行けなかったからです。 やはり古い建物、歴史の残る東欧は素晴らしいものでした。

 

 

 

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3月28日 アテネ二日目

昨日、一人600ドラクマ(ギリシャの貨幣)を払ってエーゲ海のツアーにホテルから参加を申し込んだ。

6時半に電話で起こされ、朝食を摂ってバスが迎えに来て港へ。

(♪日曜はだめよ ) の舞台になった港、ピレウス。日本人は私達二人だけ。  3時間ほど乗ると、

 

 

 

すばらしい島「ヒドラ島」に着く。どう表現したら良いの?

JAST BEAUTIFUL!

 

エーゲ海に浮かぶ美しい島。信じられないくらいのエメラルド色の海。 その島のかわいい家々が丘陵に並ぶ。 温かい日差しをあびて野の花がいっぱいに咲き、いかにもノンビリした景色。島の人々は顔が合うとニッコリ笑ってくれるし、たのしい、たのしい~気分になる島。赤い野生の小さなケシの花もなんとも可愛い、のどかな島。

 

 


 

 

 

・・・・・

 

船内で昼食をとり次はアジナ島へ。

再び一人一ドル払ってバスツアーに参加して、頂上にあるポリス跡、アフェアに着く。

これが、これが・・・想像していなかっただけにその遺跡にビックリする。アクアポリスの丘のパンテオンによく似ている。その昔(14CBC~4CBC)、アテネと同時にとても栄えたというこの島。そして、ついにアテネとの戦争で破れたという島。この島の存在を知らなかった私達には大変な収穫でした。

 

 

 

6時半に港に到着。 夜、セルフサービスの安くておいしいお店見つかる。

 

 

 

 

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3月27日 ローマからギリシャ・アテネ

さようならイタリア、ローマ。古が偲ばれる良い都市でした。「イタリア人には気をつけろ!」と言われていたので注意をしていたけれど、接した人々は陽気で気のいい人たちでした。

ただ、あまりにラテン的であるため、日本人の私にはイライラさせられる事も多くありました。船便で要らなくなった衣類を日本に送ろうとしたけれど、郵便局であちらこちらと、たらい回しにされ、三日間、どんなに頭を痛め腹立たしく思ったことでしょう。執念の甲斐があって、エアーターミナルの横の郵便しごとをしている事務所で最後の最後、出発する直前に英語の出来る人が居て、やっと送ることが出来た。イタリア人は自分の分からない仕事がくると、たらい回しにする悪い癖がある。そういう意味で( あの時代は )情報不足のはなはだしい国でもありました。( 個人旅行の苦労するところです )

でも、いい国でした。必ずまた来ます。

ヨーロッパともお別れする最後の地、ギリシャのアテネに向かう。

飛行機はTWA。久しぶりにアメリカの航空会社、そしてジャンボ機。さすがにTWAのスチュァーデス( 言葉が古い!)は親しみ深くテキパキと仕事をするので心地よい。アメリカらしいサービスを受けて、今更にヨーロッパの各地の航空会社には得られなかった安心感みたいなもの、スピーディな仕事ぶりに心安まる気持ちになる。

( 現在はどうかなぁ? アメリカの空港会社もサービス良くないし・・・5年前にバルセロナに行く際に乗った「エミレーツ」のビジネスクラスは最高でした。 他の航空会社でダブルブッキングの為、家族旅行を優先させてくれて、ファーストクラスに替えてくれた時よりずーと素晴らしかったです。 )

・・・・・

 

アテネに着いてルフトハンザの次の便でインド行きを予約しようとしたら、なんとデリーには水曜日に一便あるだけだという。今日がその水曜日! ルフトハンザの人は日航へ電話してくれてJALの人と相談の結果、インドをとばして明後日にタイのバンコックに行くことにするのが良いのでは! ということになる。

 

後ろの文字がギリシャ文字

 

アテネはその昔、ポリスと呼ばれた都市国家があり、その2500年前の遺跡「アクロポリスの丘」へ行く。

 

 

 

 

日本がまだ洞穴生活をしていた頃、この国には政治があったという。( その後、青森の三内丸山(サンナイマルヤマ)遺跡から、5千年前の日本にかなり高度な縄文時代の遺跡が見つかりました。 )

この広場を中心にあらゆるまつりごと「政治」が行われたみたい。今も残るパルテオン、この建物の前でソクラテスが哲学を説き、その多くのソフィストたちが、その説を語り伝えたのでしょうか・・・

大学で政治学を勉強したKさんには感慨無量の様子。。。帰りゼウスの神殿からオリンピック競技場に行く。 シシカバブを食べる。

 

 

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3月26日 ローマ五日目(ナポリへ)

早朝、ナポリへ向う。ナポリ近くで電車がストップ。 学生達に占拠されたという。 親切な大学の講師か助手だという男性に教えてられて、そこからバスでナポリ市内へ行く。 石畳のガタガタの道とナポリフラッグ(洗濯物)。

そして、ナポリ、驚いたことに車の多さ。混乱というか、無秩序というかメチャメチャ。今まで見た町のなかで交通状態最悪の感じがする。(その後、南アジアの旅行でいろいろと知りましたが・・・)

そこここの露天市を見て歩く。   郵便物を出すと、パリと同じで絵葉書一枚づつ切手料金が違う。 おつりの計算等すべてメタメタ。絵葉書は届くのかしら? パリの時は初めてでショックが大きかったし腹立ちもしたけど・・・。

 

 

サンタルチアへ。ベスビオス火山がかすかに霞んで見えた。 「ナポリを見てから死ね」と言われるほどのことは無いように思う。ただし、スパゲティとピザは抜群においしい。実においしい。(日本でのケッチャップ味のナポリタンではありませんでした。)


 

 

 

ヨーロッパ最後の列車の旅は少々疲れ気味だけれど、親しげな風景(日本的)と親切な人々にはうれしかった。

このイタリア、特にナポリで私のモテたこと!(笑) ナポリでは道行く車の男性達が一台一台すべて停まり、口笛を吹いたり投げキッスをくれる。 ウフフ。悪い気分はしない。 若い女性だと必ずモテる!

K記: いや、はい。これにはびっくりしました。 南イタリアは女性はもてる、と話には聞いていたけれど想像以上にmichiyoのもてること。ちょっと一人にしておくと、男共に囲まれて《さわりにくる》んだから。我が女房ながらこんなにモテるとは思っていなかった。

 

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3月24日  ローマ四日目

洗濯物を出す。2000リラとはおったまげた。驚いた! アメリカの10倍。 それでも疲れている身、セルフサービスでもないし仕方ない。

午前中は、市内を観光。そしてお昼過ぎから買い物。ラテン系民族独特の長い長い昼休みの為、イライラさせられる。(日本人の為か、それとも私の性格の為なんでしょうか・・・)

3時すぎ、店が開き始めスペイン広場の近くのコンドッティという繁華街通りの高級洋装店( あぁ、なんて言葉が古い ) [なんたってソフィヤローレン等のスターが買っている店]で黒いパンタロンスーツを買ってもらった。ハイヒールとそれに合わせたバッグも買ってもらう。更にデニムのロングスカートも買ってくれました。ビックリの一日でした。

帰国するまでの日数と、残っている現金と計算してくれたのだと思います。ありがとう~~。

 

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3月25日 ローマ三日目

日曜日ですべてのお店がお休みなので、ぶらぶらと一日を市内見学ですごす。それにつけても歴史がそのままにあるまち。

 

トレビの噴水。スペイン広場。  また食べたスカンピンカラマワリ。スープ、ストラッチェテラ・アラ・ロマーナは絶品。

 

 

 

振り返って : 疲れているのか日記がよく解らない。

イタリア・ローマは水が飲める。あの頃は街のあちらこちらに水を飲むための上向きの蛇口がありました。普通に水を飲めることは凄い事! 日本にいると当たり前のことなのに、と新鮮に感じてビックリしました。(ちなみにパリでは水よりワインの方が安いくらい)。

今の日本人は水道水を飲まなくなりましたよね。 多くの人は外ではペットボトルに入った飲料水を持ち歩いているように思います。 でも、私は水道水の浄水をマイボトルに入れて持ち歩いています。孫が出来た所為もあって、美しい地球を守りたい! ペットボトルやプラスチックの多さにうんざりしています。少しでも、一本でも減らしたいと思っています。 衣料は出来るだけ天然繊維のものを選んでいます。

 

イタリアの人たちは愛想がいいし、髪の毛も黒いし、背丈も私達とあまり変わらないから親しみやすいし、食べ物が特においしい~。 皇室の結婚等でフランス料理はイタリアから伝えられたそうです。

イタリア人はローマより北と南では性格が全然違うように感じました。北の人たちは日本人が思っているより、超真面目な人が多かったように思います。

この前日にようやくパリからの写真を受け取ることができたのは何よりうれしい。日本でつつましやかな生活をしていた私達には、カラーフィルムを沢山買う気持ちも無かったし、現像の事も考えなければならなかった。デジタルの現在では考えられないことです。

イタリアの人は「絵」になる人が多い。決して裕福ではない庶民がオシャレ。女性のみならず男性もオシャレ上手です。姿勢の良さにつながっていることに気が付きました。また、建物のシックさと似合っていました。

 

 

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