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Archive for 2019年4月

3月16日 ジュネーブからインターラーケン

朝起きると小雨がパラついている。山の天候を心配しながらジューネブを発ちこの旅2度目の列車の旅になる。

ジュネーブ駅にて

 

 

 

 

レマン湖を右に見て、まずベルンへ。

昨日初めて見たスイス。そのレマン湖のある街の風景とは違い、雪のアルプスの山々を背景にした美しさは、私達を寄せ付けない気高さを持っているようにさえ思える。でも、スイスらしく愛らしい家々が人間生活の暖かさも感じさせてくれる。

ベルンから列車を乗り換えインターラーケンへ。

そのすぐ手前のツゥネル湖の美しさに目を奪われる。雨後ゆえに湖上にかすかな霞をかかげ、アルプスの銀嶺がその背景に威厳を添える。幻想的というか今までに見たことの無いその世界。赤い屋根の家々がいかにもスイス・アルプスらしい雰囲気を漂わせてくれる。「絵のように綺麗だ」と言うけれど、絵にはこの美しさ描けない。目の前に広がるパノラマは生の目で見る感激。思わず涙が出てしまう。

インターラーケンから登山列車に乗り変える。天候が気になったが、ユングフラウヨッホに向かう。

およそ3時間グリンデルワルドから大急ぎで次の登山列車に乗り換える。

グリンデルワルドからスキー客達と共にアイガーの北壁を登りきると案の定、大吹雪。見えるはずの景色が何も見ることが出来ない。でも、これもアルプスなんだ。登山列車の、その印象の強烈なこと! ユングフラウヨッホにある氷の宮殿。凍りついたアルプスの雪で作られたものだろうか?氷の結晶はダイヤモンドのように輝き、不思議なことに海底の宮殿のようにさえ感じる。神秘的。気圧は海面の三分の一とか。

氷の宮殿で”

管理している人と

 

ラウターブルネン経由で下山。インターラーケンで宿を探すも日が落ちてしまった後、しかも雨。安宿見つからず20ドル奮発する。

インターラーケン6S

 

これを活用するため大洗濯。夕食は近くのレストランでチーズフォンデュー。 昨日のオイルと違いトロトロのチーズ鍋に一口大のフランスパン、野菜等々を絡めて食べる。チーズ好きな主人は大喜び。オイシ~イ。このチーズ鍋を日本に帰ってから作るのは難しいかもしれない。(今は簡単に出来るように、チーズを配合して売られている)

 

・・・この20年後、子供達を連れて再びこの地を訪れた時、登山列車はもっと近代的になり、時間がかからず上まで登る事が出来ました。その分、体調の良くなかった次女は酸欠の高山病で氷の殿堂はグッタリして見ることが出来なかった。氷の宮殿は昔のままありましたが、落書きの多さにビックリしました。しかも日本人の名前が多くて悲しい気持ちにもなりました。 高山病の酸欠は列車が降りるに従って、元気になって行く様子が見事。娘達はスイスの美しさと可愛いホテルや家々に「また絶対に来る!」と誓いあっておりました。

 

 

 

 

 

 

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3月15日 ニース(フランス)からジュネーブ(スイス)へ

飛行機から見たニースの海岸の美しいこと。そして銀色に輝くアルプスの峰々の神々しいこと。美しいこと。広いこと。人間に踏みにじられていない白い雪が輝く峰々を眼下に見下ろしながらスイス・ジュネーブに到着。

中立の平和な国。世界で最も美しいといわれる国に足を踏み入れる興奮がある。言語はフランス語。スイスは地方によって日常使用される言葉がフランス語・ドイツ語・イタリア語・ロマンシュ語(?)と四つの公用語があるそうな。ゆえに英語は通じるようでひと安心。スイスの人は五つの言語がどれほど出来るのだろうか?すごいなぁ。

その名もホテル・デ・アルプスという私達向きの安いホテルが見つかり、近辺を散歩。時計のペンダントが可愛く、値段も気に入ってお土産用に5つばかり買う。(沢山の人にお餞別をいただいているから)    お店の人が私達が日本から来たというと「セイコーがあるじゃないの」と笑う。そうなんだけどね。

レマン湖散策。白鳥・水鳥が遊ぶこの湖は細長くフランスにも続く。ゴミ一つ落ちていないし空気も水も美しいのは当然のこと。120メートルにも吹き上げる噴水におどろく。

 

夜、食べたかったスイス名物料理、フォンデューのお店を探して、オイルフォンデューを食べてみた。(チーズフォンデューの方も食べたかったのだけれどまたの機会に)。

たぶん(?)サラダオイルの入ったフォンデュー鍋を食卓の上で火をつけて、一口大に切った肉などを長いフォークのようなものに刺してしゃぶしゃぶの要領でたべる。ウェィターが目の前でいろいろな調味料、香辛料を混ぜて作ってくれたソースが素晴らしくおいしい。トレビアン!! こんなに美味しいものだったのですね。しっかりとソースの作り方を見たので日本に帰ってから必ず作ってみようと思う。

振り返って・・・今ではフォンデューは珍しくもありませんが、その頃は日本では馴染みがなく、ワクワクして食べたことを思い出します。

 

 

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1973年 3月14日 ニース二日目

銀行ストの為(日本では考えられない)、換金に困ってニースの町をウロウロ。カーニバル後の片付け作業がまだ終わっていないニースの町。 トラベラーズチェックでおつりを得る目的もあり、オレンジを買って、私の水着を買って海辺に出る。 紺碧の海。澄んで美しい。

ニース9S

 

 


砂浜というより小石の浜辺。ビキニ姿もチラホラ、泳いでいる人も何人かいる。太陽はサンサンと輝き、空気がきれい為なのか、生まれて間もない太陽のような感じがする。けっこう寒いのに何故泳いでるのだろう?(海の水は暖かいのかな?と手をつけてみた。冷たい!) オレンジを食べたり寝転んだりしばらく海の空気を楽しんだ。でも日本の海の磯の匂いがあまりしないの何故なんだろう?

旧市内へ入ると野菜市。細い路地には洗濯物がヒラヒラ。パリで探し求めたフランスの生活の匂いをみつけたうれしさ。 緑豊かな城跡の公園を楽しんでから港へ。

 

 

ネスカフェのイベリア地方のCMを思い出す。港の海水も澄んでいて底が見える。ゴミ一つ落ちていない。

 

美しい海と山を背景に、生活の匂いも充分感じられ、私はパリより肌が合う。人々の態度も比べようもなく親切で暖かい。町でみかけた子供達ものびのびしているように思える。素朴さが残っている町。 ニースで絶対に食べたかったブイヤベースもとてもとてもおいしくて満足。

 

振り返って・・・主人はGパン2着、セーターは一着(私が編んだもの)、下に着るT シャツ2着、下着それぞれ替え2着。スーツ、それで過ごしていましたので、お見苦しい格好です。<m(__)m> 私も同じようなものです)

 

 

 

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書き始めたのが昨年で45年前でしたが、ふと46年前と気が付きました。

 

1973年3月13日 マドリードからニースへ

いよいよスペインマドリードとさようなら。

午前10時過ぎのイペリア空港のキャンセルを待つことにして空港へいく。が、なんとイベリア航空とエアーフランスは一日交替でニース便は日に一便しか無いとのことで6時間も空港で待つことになった。6時間!

そんな時の為に5Ptで買っていたヒマワリの種を食べて時間をつぶす。(スペインに来てからいろんな種を食べた。大好きであることを知った。 食べるのに時間がかかるけれど待つ時にはとてもいい~)メモ帳で主人とゲームしたり・・・。

主人がお手洗いに行き、帰ってこようとしていたところで、アメリカ人とおぼしき人たち6人ほどと話し込んでいる。そして私に手招きする。

「スペイン女性と結婚しているようだね。どういう風な生活なの?」と聞かれ、「彼女は日本人だよ」と言っているのだけれど、信じてくれない。君の口から日本人だと答えてよ」、「I ′m Japanese」と言ったけれど「いいや、スペイン人に間違いない」・・・ 困ってしまう。 のんびりとヒマワリの種を食べたり、ゲームをしたりで焦る様子のない私達は日本人に見えないのかもしれない。(アメリカ人達は、スペイン時間の事で気になったんだと思います)

そう言えば、マドリードに入る時、「SANYA」の親切なご主人さんは「マドリードのどちらにお住まいですか?」とお聞きになっていた。旅慣れているというより「大和撫子」から遠ざかっているのかも。

 

・・・・・

 

再びフランスへ入国。ニースに着き星一つの小さなホテル(ホテル・デポステ)が見つかる。夜だから心配していた。

部屋も綺麗だし、オーナーのおじさんもおばさんも、いい感じで気持ちが優しい。同じフランスでも大都会パリとは随分違う。 近くの食堂で食べたステーキ、スパゲティもすこぶる美味しい。フランスです。

 

 

 

 

 

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帰国してから

肌寒くて寒くて、風邪をひいたのかしら?と

心配しましたが、主人も私も

悪化せずに持ちこたえました。

忙しく、予定をこなしているうちに

さくらを見に行く機会を逃してしまいました。

この桜はマンション内の裏で咲く山桜。

今年は早々と5輪ほど咲き、

私が開花宣言した桜。(笑)

 

帰国した時は満開でした。

 

 

駅前の桜が

今年はイマイチと疑問に思っていましたら

沢山の枝が切られていました。

すごく残念でした。

 

私達は桜の花の美しさにばかりに

気を取られてしまいますが、

ひょっとしたら

桜並木の下に

老人ケアハウスが出来たので

散る花びらの掃除や

虫の迷惑などがあるのかしら?

 

4月13日、昨日の桜

 

昨日は高校時代のクラス会でした。

そこの桜も立派で楽しみにしていたのですが、

残念ながらやはり枝が切られていました。

 

「この広い屋敷を今は二人で管理しています。

さくらの花は美しくて素晴らしいのですが

花びらは日に何度も掃除しなければならず

虫も沢山つくので管理できなくなりました」

とのことでした。

来るときの朝に思った通りのお答えに、

驚きました。

これからの日本の桜はどうなるのか

とても心配です。

 

クラス会は16名集まりました。

(女学校だったので女性ばかりです)

相変わらず賑やかで

5時間、ずぅ~とお喋りしました。

この後、難波に出てお喋りしようか、と!

でも、時計を見てビックリ。

みんな、主婦の顔になり

「また、次の機会にね~」と

名残惜しそうに家路に向かいました。(笑)

 

 

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娘宅にもどってホッとしました。

 

お土産にZさんに船長の帽子

 

パパとお出かけの際にも、ちゃんと被ってくれてました。

 

ばぁばバカの写真をランダムに載せます。

<m(__)m>

熱心にテレビを見る二人。

 

う~ん💕、ハンサムボーイ

 

スーパーマンとスパイダーマン

 

 

コンドミニアムのプールで

 

 

じぃじは幸せそうにビール片手にプールサイドで

 

優しいパパが見守っています。

 

そして、二人の子供を

我が子のように可愛がってくれる

お手伝いさんのアビーさん。家族です。

彼女がいるから、パパもママも

大学の教壇に立ち、研究することが出来ます。

 

 

 

 

 

甘えてくれるZさんAさんにもう骨抜きの

じぃじとばぁば。

 

シンガポールを発つ前日が

娘の誕生日の前日で

今回も竹葉亭でお祝いをしました。

 

 

Aさんは「ハッピーバースデー」の歌が大好き。

 

・・・・・

5歳と2歳3ケ月の孫は

あっと言う間に大きくなるでしょう。

今回の幸せな旅は

ひとえに娘の配慮のお陰です。

「ありがとう~」

 

 

 

 

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「ペナン(マレーシア)」

 

主人が楽しみにしていました。

とても古い町だそうです。

船から降りて(観光バスの乗らず)

旧市街地を歩くことにしました。

ヒンズー教のお寺

熱心に拝んでおられる人たちが印象的でした。

 

すぐ横に別の(?)寺院

近くに仏教のお寺

仏教のお寺の内から見る扉

中国 or 台湾の絵画の感じがします。

 

 

 

タイ式の寺院?

 

暑いので台湾風(?)の喫茶店に入りました。

 

扇風機でした。が、いい感じ。

冷たいジュースをいただいていたら

「日本人の方ですか?」と

優しそうな店主に尋ねられ

「元気になり美しくなる」という

「燕茶」を薦められました。

娘のお土産にすることにしました。(笑)

 

イスラム教のモスク?

狭い範囲の中に

いっぱいの宗教建築。

人々の祈りが引き継がれているのですね。

またこの町は、そこかしこに

壁に描いた絵で有名ですが

写真を撮るのを忘れた!

 

暑いので、船に帰ることにして

マレーシアのお金は使い切ることにしました。

で、港の近くの感じの良い喫茶店で

靴を脱いで袋に入れて上がります。

珈琲を注文。安い!

台湾の宗教活動をしているお店とか。

残金を見せて事情を伝えたら

お土産物に胡桃が良いとのことで買いました。

観光するのはこれで終わりに。

年齢を痛感しました。

 

 

船のシンボルのマーメイド

 

沢山の人がギャンブルを楽しんでいました。

写真はダメだそうです。

 

 

 

シンガポールの娘宅に帰るのが

家に帰るみたいでホッとして嬉しい~。

ZさんとAさんに会える!

二度おいしい感じがします(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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