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Archive for 2019年2月

44と45を続きで載せています。<m(__)m>

3月3日 リスボン2日目

良いお天気。ぶらぶらと繁華街ロシオから海岸べりを少し歩いてアルファマへ行く。15世紀の家や石だたみの坂道をゆったり歩く。窓際の洗濯ものの干し方は現代離れというか中世というか、ラテン系らしく派手で映画の場面の中に入ってしまった感じがする。

アルファマの坂道を登りつめてサンジョルジョ城に行く。

 

ポルトガルの特有の赤黄色いレンガの屋根々と海が一望に見渡せる。緑ゆたかで公園のようだ。町中の屋根の色が同じという珍しさと、その色合いの美しさと、同色の屋根がこんなに美しい景観をもたらすとは!と、 しばらく心奪われる。ファドーの練習風景が見られ、歌声が流れてくる。 あゝこれがポルトガル。リスボン。

 

夕食、大衆食堂に入る。 言葉が解らないので、主人はナプキンに豚と魚の絵を描いて注文した。その絵が人気を集めお店の人以外にお客さんたちも見に来る。みんなにこやかに笑いかけて、喜んでくれる。人なつっこい人達。 味もおいしく魚は塩ゆで、実に美味。豚はソテーしてくれておいしい。実は二人とも、描いた絵の豚の丸焼きが出てきたらどうしょうかと心配した(笑)。私は折り紙で鶴を作ってあげたら、大喜びしてくれた。

昼食時のロシオのカフェテラスで見かけた貧しそうな絵描きのおじさんのことが、何故か心に残る。

振り返って・・・・・「火宅の人」壇一雄が日本を離れポルトガルに住みアミーゴ(一生の友)と書いているのは、とても理解が出来る。どことなく哀愁があり、何よりも人々がやさしく親切で、食事も日本人にはとてもおいしい。しかも気候が良い。 ただ、日本から遠いのが難点。

昔の覇者であった国が、落ち着きと平和と暮らしやすさを得ているように感じる。過去の覇者かもしれないけれど・・・。

日本は少し見習う必用があるように思う。経済の発展ばかりに目を向けないで、心豊かにやさしく生きていくことも考えなければ・・・。もちろん生活すれば色々あるのでしょうが。

日本の行き着くところはどうなんだろう? 今でも主人は1~2ケ月程のんびりとショートステイしたいと思っているようです。

 

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3月4日 ポルトガル・リスボンからスペイン・マドリード

ロシオから川沿いに西へ歩く。陽だまりの公園で休息。と、急にパラパラとにわか雨。

どこからか魚の焼いているいい匂いがしてきた。引き寄せられるようにして、みすぼらしい食堂に飛び込む。これがすばらしい味の店だった。表は貧弱な感じだったけれど、中に入ってみればちょっとしたレストラン。魚料理の専門店(?) 久しぶりに焼き魚を食べる。Kさんはうれしくて仕方ないみたい。おいしい。おいしい。飲んだポルトガルワインは大一本がなんと150円くらい。

食後、町をぶらぶら歩いていると小さなケーブルカーを発見。一人5円位払って上ってみると公園だった。良く管理されているし、見晴らし抜群! 思うにリスボン随一。決して大きな公園ではないけれど、まとまりがある。ベンチが鳥カゴに囲まれた風にしてあり、その鳥カゴ風なところにつる薔薇を絡ましてあり、かわいくて私達はとても気に入る。実にすばらしい名もなき公園(私達が知らないだけかも)。

主人記:  ここリスボンは女と来るべし。それが美人なら最高! 周囲の関心と親切度が違う。 イイ妻を持っているがこんなにイイ感じだったこともめずらしい。 (・・・スミマセン・・・日記に書いています)

 

イベリア航空でスペイン・マドリード入り。機内で偶然前の席に座った一人の日本人男性。とても親切でマドリード在住とか。某社の顧問をしていて(水産関係、皇室、スペイン政府とも関係ありそう)、奥さんが中華料理店をやっているという。何かタクラミでもあるのではないか?、と考えたけれど親切に甘えるまま、タクシーに同乗させてもらって、その店SUNYAまで行き荷物を預かってもらう。SUNYAは結構立派な広いお店でした。

‐‐‐実に信じられないくらい親切なのです‐‐‐ペンション探しをする。(この間数人のスペイン人とやりとりすることになったが、いずれも人なつっこく、とても親切!) ペンションが満杯で一度中華料理店に戻り、その日本人の方に教えてもらって近くのモナコというホテルにする。ペンションより幾分高めだけれど、部屋はシャンデリアが輝いて、天井は浮き彫り、金色塗料を塗られた壁などちょっとした宮殿風。それでいて、今日は8ドル弱。(明日から6ドルの部屋に変わる) いわば豪華。いわば絢爛。スペインの安さは聞いてはいたが、なるほど!

SANYAでお礼をかねて夕食をとる。これが中国人の手による中華だが、経営者が日本人という為か日本人向き。特製スープなど美味なこと、うれしい。 涙が出て来そうなほど美味しい。

ここの奥さま、もと神戸の人。なつかしい大阪弁まじりでお話しする。息子たちは大学の医学部。東京の頃は西銀座電通通りあたりに住んだ事があるらしい。妙なところで商業デザインの数氏の名前が出てくる。 親切さこの上なくフラメンコまで手配してくださるという。

ラテンの人々の人なつっこさと親切が印象的。そしてここに住む日本人の親切さはありがたい。

 

 

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3月2日 パリからポルトガル・リスボンへ

現像に出していたフィルム(私がカメラをよく落とすのでガタガタになってしまい、カメラの中の写真が心配になりカメラ屋さんに出していた)が朝の9時に出来上がるはずだった。 主人がカメラ屋さんにいくと、なんと全裸の女性の写真ばかりが数枚入っていたとか。それも美しい女性だったとか。

でも、私達の今までの写真が要る!! 時間がないし仕方ないから、日数的にマドリードの中央郵便局へ送ってもらう事にしたそうだ。 どうか神さま、届きますようお願いします。パリでの2番目のショック。日本ではあり得ないようなこと!です。

ORLY飛行場にあわただしい気持ちで着き、あわただしく搭乗させられた割には出発が随分遅れる。  あゝ フランス。 芸術の薫り高きスローテンポな国よ。  このテンポが芸術を生むのだろう・・・。

窓から見えた街は昨日の雪がうっすらとして別れにふさわしいパリ。  さようならパリ。 何だかんだとあったパリだけれど別れは淋しい。

 

そして、ポルトガル、リスボン。小さな田舎の空港。 海のある美しい街。昔、世界の覇者だった国。 久しぶりに嗅いだ南の国の香りは何とはなしにウキウキした気分にさせてくれる。 なのに、なのに、タクシーでの失敗。空港から料金21エスクードのところを100エスクードの札しかないので渡したら、お釣りをくれずまんまと取られて逃げられた!あゝ無念。くやしい。こころすべし。

その悔しさの反動で安宿を探す。一泊120EX(4.68ドル)のペンションを見つける! これがかっては豪邸だったのか、エレベーターと言い、天井と言い、なんと古典的で立派。アイアンレースだけのスケスケで中が見えるエレベーターが建物の中央にあり、フランス映画でよく見たシーンを思い出して感激。

 

モザイク模様の美しいリベルターデ通りを経てレスタウラドレス広場からロシオに行く。久しぶりの何ともいえない庶民的な雑踏は暖かさも手伝って心が弾む。 ふとエビ・カニ等がぶら下げられている倉庫風なレストランに入る。よくよく見れば吊られているエビ・カニ等はみんな生きていて手・足を動かしている。それも、グロテスクな大きさ。

小エビをお皿いっぱいに持ってこられて、ビールを飲んで、パンとバターでなんと189EX(エスクード)。それにチップで200EXもつとられました。けれど、けれど久しぶりのエビの味。海の味はおいしいのであります。(それでも7.8ドル) 隣のテーブルのカップルが顔を合わせると笑いかけてくれるのも、ここポルトガル。ロンドンやパリではありませんでした。そのカップルが私達に得体のしれないカエル?鳥?の煮たようなものの足をちぎって差し出してくださる。おゝオブリガード! オイシイ。

 

振り返って・・・タクシーに騙されたのは、この旅で初めてだったので、少々気分が悪かった。

でも、リスボンは好きになりそうな気配をすぐに感じました。私の前世(?)のラテンの血が騒ぐのでしょうか? 一日の生活費が安くなってきた喜びと暖かさが心を開放してくれました。食べ物は海のものがフンダンにありおいしい。日本人の口に良く合います。

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毎月のロイヤルHでの勉強会で

 年に一度の音楽の日。

今回は

筑前琵琶、川村旭芳さんの

演奏、語りを楽しんで来ました。

 

年を重ねるほど

「和」の音色がここち良くなるのは

どうしてでしょうか?

 

 

平家物語の原文の流れるような

美しい文体の古典曲を

ハイライト演奏で

たっぷりと楽しませていただきました。

有名な

「祇園精舎の鐘の声

諸行無常のひびきあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらはす・・・」

 

「那須与一」の扇の的を射る場面。

「舞扇鶴ケ岡」の義経と静御前の別れと踊る舞。

本当に良いところ尽くしの

抜粋でした。

ベベン・ベンベンと琵琶の音が鳴り響き

語りが

とても心地よく響きました。

衣装も素敵でした。

ロイヤルホテルのジャンポールの部屋には

藤田嗣二の絵が飾られています。

 

私達の後ろの絵です。

よく分かりませんね。(笑)

私は黒のワンピースの上に来ているのは

絞りの着物を現代風に仕立て直されたものです。

写真ほど派手ないろではありません。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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3月1日 パリ7日目

アンバリットで明日のリスボン行きの切符の予約をする。

近くのロダン美術館(先日閉まっていた)を訪ねる。静かな並木の中のひっそり、たたずむ美術館。切符売り場のおじさんが、何故か私達にシャンソンを歌ってくれる。後に並ぶ人がいないので、しばらく聞いていた。「トレビアン!」と言うとうれしそうににこやかに笑ってくれた。     さすがオーギュスト・ロダン。 あゝロダン。 庭に雪化粧された「考える人」が考えている。室内にも考える人のミニチュア。 「カレーの市民」などなど。。どういう訳かヴァン・ゴッホの絵を見つけることが出来た。何故ここに? こじんまりした心休まる場所である。(後で、この場所がロダンのアトリエ兼自宅であったと知りました)

そして夜、ついにフランスレストランで食事。 あ~フランス料理はやっぱりおいし~い。独特の微妙な味を楽しむ。香料の香り。スーププァゼ(魚のスープ)の特にすばらしいこと! そしてボルドーを一瓶あけました。「本望です」と主人は言います。そのかわり、95フランもかかりました。

 

振り返って・・・この頃、私がカメラを落としてばかりで、ガタガタになっていた。カメラ屋さんに出している。それで写真が少なくて・・・。カメラが壊れていなければと願っていました。

パリ、とにかく歩きました。一週間歩きに歩いて二人ともパリの地図が書けるねって言ったこと覚えています。NY(マンハッタン)もロンドン市内もパリ市内も、時間があれば歩ける広さなんです。東京のような巨大な街とはちょっと違うナと感じた事を覚えています。それぞれ魅力に溢れている大都会でした。

食べ物のおいしさは抜群でした。世界に冠たる「フランス料理」を実感しました。食べ物は舌で味わうもの・・・ばかり思っていましたが、最近は食べ物は舌だけでなく「脳で味わうもの」でもあることを主人に教えてもらいました。確かに嫌な人と食べたり、気がかりな事があったり、汚いところで食べたりすると美味しくないものです。自分の家で食べるのは落ち着く気分がいいのでしょう。 パリは味だけでなくオシャレな雰囲気もプラスしているような気がします。

英語は中々通じませんでした(今はそうでもないと思いますが)。 それで、道を訊く時やら、地下鉄の駅を知りたい時は「君が聞いてきて。 英語が通じないから大阪弁でも同じ。若い女性の方が好いに決まっている。でも、男性に聞くこと。僕は隠れ気味に立ってるから」 ということで私は「すみません。OOO(駅名を言う)に行きたいんだけど、メトロの駅は何処ですか?」 と尋ねる。 不思議なことに身振り手振りで親切に教えてくれる。私は満面の笑みで「メルシーボクゥ」とお礼を言いました。

 

 

 

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2月28日 パリ6日目

英語のガイド付き観光バス(この旅行初めて)に乗り、ベルサイユ宮殿に行きました。

 

 

広い! 立派であるけれど外観は拍子抜けするほど、普通っぽい感じのする大きな建物と感じただけだけれど、中に入ってさすが、さすがベルサイユ宮殿! と、ただただ感服した。

フランス王朝時代の豪華絢爛たる様は想像していた通りの、金ピカ。金ピカなのに下品とは違う、「絢爛豪華!」。ブルボン王朝の絶対権力のすごさを思い知ることが出来る。

ルイ16世・マリーアントワネットもここで過ごしたのだ! 特に印象が強いのは「鏡の回廊」とよばれている広間。豪華なシャンデリアがズラリと下がっている。 それでも「鏡の回廊」と名付けられたほど、一面に張られた鏡は当時は大変高価で権力を象徴するため貼られたのだろう。   【太陽の王の死に方(今の私には何のことだか分からない)。イタリアからルイ14世に送られた像の設置について(これまた、何のことか?)。 マリーアントワネットの当時のトイレと香水・・・。胸をはだけた服と肺炎・・・。剣とハットの貸衣装・・・】等々のエピソードを主人に通訳してもう。

広いルネッサンス庭園。人口的な幾何学模様の木の刈り方はチョット不思議な感じがする。

 

そして、そして夜、モンマルトルの丘の小さなシャンソーニエ。 シャンソンとはこういうものかと感じ入る。 それは魂。ハートの悲しさ、うれしさ、嘆き、喜び、皮肉。・・・どこの国の歌にも共通ですが、何故かオシャレに感じる。 歌手達が私達と同じテーブルを囲んで楽しげにジェスチャーたっぷりに、一生懸命に歌っている。 トレビアン!! 日本のシャンソンのようにお高くとりすました歌とは全く違う。トレビアン! その歌手たちが裏方へまわると、それぞれドア係り、コート預かり係り、案内係り等になっている。その一生懸命さに「頑張って!」とほほえましく思う。 フランスらしいフランスに接した感じ。。素晴らしい夜。  モンマルトルの夜はパリの中のパリ!と主人Kは言う。これがパリ!

シャンソーニエに行く前、モンマルトルの貧乏(?)学生画家に似顔絵を描いてもらった。いかにも学生らしさが好ましくて彼を選んだのだが、出来上がった絵は私にあまり似ていないので少々不機嫌になる。 私の顔は似顔絵には難しいみたいだ。

 

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2月27日  パリ5日目

オペラ座・・・何と雅やか、華麗であることか。赤い絨毯、豪華なシャンデリアのある階段、シャガールの絵の天井(シャガールの絵はパリだから映える)、奥行きのある舞台、馬蹄形に並んだ座席は5階まであるそうで高い。廊下が金ぴか。 これほど絢爛豪華な劇場は見た事がない(NYのブロードウェイの劇場はとてもシンプルだった) さすがパリ。
そのオペラ座前で明日行くベルサイユ行きの切符を購入。

近代美術館、市立美術館を見学。 藤田嗣治画伯の作品を求めて、探し求めたけれど見つけたのはわずか一点、がっかりする。 (日本の画家の中、個性が強い彼の作品は好き、嫌いはあるでしょうが、私は藤田画伯の絵はスゴイ!世界に通じる日本人画家の最高峰だと思う。)

ブローニューの森に行く。 木の葉が散ってしまって淋しいけれど、黄色い木の葉の絨毯も、それはまた、冬のフランス。 人も少なく静かでゆったり・・・寒さの中であるがお洒落ないい公園である。 どうしてこんなにお洒落だと思えるのだろう? 日本とどう違うのだろうか?・・・。ただ、ただゆったりしている木々の公園。

日本へ電話する。妹が電話に出る。娘Cが手こらせているようだ。 すごく気になる。どうしょうもないのだけれど・・・・・。

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