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Archive for 2018年12月

毎年、今年は何があったのかな?

と思い出す年の瀬です。

災害の多い年でした。

まだ、多くが解決できないでおられます。

忘れはしません。

 

12月はフラダンスの発表会があったのですが、

写真は大ボケばかりで衣装すら

あまりよく分からない。

友人にお願いしたのですが、

私より下手な人も居るのだと妙な安心をしました。(笑)

 

6月はシンガポールの次女宅に行って、

孫たちに会えたのがやはりうれしかった。

そして、つい二日前、その次女の著書が

アメリカから届きました。

アメリカとロンドンにあるコーネル大学からの出版で、

かなり立派な本です。

出版されることは知っていたので、

申し込みをしていたのです。

5000円近くするのに

「待ち」になっていました。

手に取ってみて

何故か、ウルウルするしました。

二人の子供を育てながら

仕事しながら

頑張っているのが

その本の重さに感じたのでしょう。

 

長女の方も

今年の1月に西宮のアミティホールで

アロハ合奏団のオーケストラのメンバーの一人として

フルートを吹いて感激させてくれました。

絵画の方も少しづつ

前に進んでいるようです。

体調が良くない娘ですので

頑張てくれているのが

何よりうれしい。

そして

かぼすちゃん(ワンちゃん)と

ママさん・父さん、

がんちゃん、かおりさん達にも

会えました!

小旅行も色々。

腰痛との戦いの日々でもありましたが、

元気で過ごせることに

感謝でいっぱいです。

45年前の日記のブログなど

私しか面白くも無いでしょうのに

沢山の人が読んでくださっていることに

深く感謝です。

ありがとうございます。

(まだ続きます・・・)

地球そのものが少し

変化を始めたのではないかと心配もし、

各国の動きも非常に気になります。

どうか

来る年が少しでも良い方向へ

動いてくれますようにと強く願っています。

平和で健やかな

良いお年をお迎えくださいますように。

 

 

 

 

 

 

 

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1973年 2月11日 ウインザー

今日はKさんの厄日。買ったばかりの鞄が裂ける。エディンバラで貰った飴をたべていて、左奥歯の被せがはずれてしまう。大事な手帳を失くしてしまう。

ロンドンの近郊のウィンザーへ。バスで一時間半。バスの窓からイギリス独特の美しい建物・住宅を楽しみ、また緑の芝生に羊の群れが遊ぶのを喜ぶ。

小さな小さな町に大きなウィンザー城。オモチャのような兵隊さんがこちらにもおられます。格式と威厳を持ち合わせて、そしてかわいい。

 

 

ウィンザー城はエリザベス女王のおわしますお城とか。まことに愛らしくて、ヨーロッパのお城を想像すると、このお城になると思う。

北杜夫の「さびしい王様」が住んでいるようなお城。美しく少々オテンバな王女が住んでいるような、また白雪姫が住んでいるような。

 

絵本に出てくるような色とりどりのかわいい家が並び、広々としたみどりの平原(?)がすぐ近くに控えているこの町に、世界で最も有名なイートン校がある。「チップス先生さようなら」の舞台になったイートン校。是非見ておきたかった。日本では中学・高校に当たるのだろうこの学校の学生さん達は、なんと燕尾服(モーニング)のような服を着ているのです。ハイ。全寮制(男子校)だとか。格式と伝統とを徹底的にたたみ込まれるのでしょう。

 

そして、オックスフォード、ケンブリッチ大学へ進みイギリスを背負って立つことを今から自負している子供達。自由の国と言えど大学に進学出来るのは家系とかである程度決められている。そして、その責任を自負させている。自由の中の行き過ぎるほどと思われるほどの形式と、歴史の重みのある英国。
(それでも若い彼らは一つの窓を開け、私たちに話し掛けてくれる)

             
                      ・

帰りのバスに乗るのがどこからか分からず訊くのだけれど、皆さんいろいろ違うことを言ってくださる。バスを待っている時、飴を口に入れて主人の左下奥歯の被せが外れてしまう。。どうにか4時半ごろビクトリア駅に着き、大急ぎでピカデリーへ。Kさんのスリーピースを買う予定、5時に商店が閉まるイギリスなのでフウフウいってたどり着いて、前から選んでいたスーツを買いました。 その時手帳を忘れてきたようだ。

チャイナ街で[麺]と大きく看板の出ているお店、前から気になっていたお店に入りました。愛想の悪いウェイター、私たちはずいぶん気を悪くしたけれど、味はとても良くて、旅に出てからの一番美味しいと思いました。日本でもなかなか見つけられない味を持つお店。帰りにおつりは要らないと言ったら、すこぶる無愛想だったウエイターが変身してバイバイを言いにきた。生活力旺盛な中国人、架橋の人よ。

明日、イギリスを発つ。(スェーデンに向かう)  久しぶりに洗濯。

ウィンザーで毛皮の帽子を買う。ピカデリーでお土産用のネックレスとタバコ入れを買う。

振り返って・・・この頃の英国は元気が無い時代でした。「黄昏のロンドン」という本を読んだことを思い出します。  それでも、紳士の国だという痛烈な印象を受けました。

 

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長女の水彩画です。

FBに載せていました。 素敵なポインセチアでしょう?

 

 

 

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1973年 2月10日 エディンバラからロンドン

うっとおしいお天気。この冬のエディンバラはこのような天気が多いらしい。ホテルで朝食してこのホテルとお別れ。優しいホテルのマスターは二人にキャンディーをくれました。荷物を預けて日曜日の閑散とした町をぶらつきエディンバラ城へ行く。石造りの美しい堅強な昔の戦いのお城。市中が一望に見渡せる。

 

 

この時、虹が架かった。(写真では見えないナ)

 

 

 

中世の町。時間が止まっているような町エディンバラ。

エディンバラ王の戦争の歴史、衛兵の歴史が整理されて保存されている。

どうにか一軒開いているレストランで昼食をとり、帰りの飛行機便の時間までかなりブラブラ。

どしゃ降りになった雨を避けてバスターミナルのショッピングセンター(かなり近代的)で過ごすが休日で、お店はほとんど閉まっている。

エディンバラの空港でタータンチェックのスカートをはいた男性達が演奏してくれていた。写真ではなく本当に着ているのを見たのは初めてで不思議な感激がありました。 小さな空港はすごい雨で飛行機の発着が危ぶまれたが、どうにか無事にロンドンに着く。

一週間借りているホテルに戻ってホット一息。夜11時少し前。

 

 

 

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1973年 2月9日 ロンドンからエディンバラ

朝、7時起き。ビクトリア駅でエディンバラ行きの飛行機のボーディングパスをもらって、この旅行はじめての列車に乗ること一時間。ギヤッドウックという駅の空港に着く。日本の交通機関はイギリスを手本にしたとかで、電車はよく似た雰囲気です。(そういえばイギリスの車の運転も右ハンドル)電車の乗り口がワンシートずつにあってしかも自分で開けて乗り降りするのには危なくないのかとびっくり! ロンドンは雨だったけれど飛行機に乗って一時間、北の町エディンバラは晴れ。思っていたほど寒くも無し。

AIRバスでエディンバラの中心地、プリンセスストリートの繁華街に着く。 なんと美しい街なのでしょう。またロンドンとは違った歴史と文化を持つスコットランドの味が漂っている古い町並み。すすけたような黒い建物がぎっしり。通りを隔ててエディンバラ城や由緒ありげな協会や建物群。青空と雨空の変化もはげしく、なんとなく時間が止まったような中世に佇む感じがする。

ホテルを求めて一時間、歩きに歩き幾つかは見つけたが、いずれも高く結局へイマーケットステーションの前のクリクトンブライベートホテルに決める。二人で4.40£。部屋の鍵は、びっくりするようなおごそかな古代風な物が3つ。Kはお城の番人になったようだとはしゃぐ。

落ち着いて残金の計算をしてみると明日の食費もおぼつかない。運悪く土曜日で銀行はすべてお休み。なんとかトラベラーズチェックをポンドに換えようと鉄道駅を訪ねたり、トラベラーズチェックで物を買うことに決めた。そこで買ったのが私と娘千果とお揃いのタータンチェックのスカート。タータンチェックの故郷スコットランドでオールウールのミニのスカート。娘にはやや大きいかもしれないけれど、帰国した時に二人で着るのが楽しみだ。

そのおつりでやっと出来たポンドで主人の今度の旅のハイライトの一つであるスコットランドでスコッチを飲む為にバーに行く。プリンセス通りの裏通り、典型的なパブを見つけた。夫は夢心地でフェイマスグロウスを2杯(まだその頃は、日本で発売されていなかった)、ビターを2杯。通代はビター小を一杯。それと気のいいマスターに頼んでつくってもらった「甘くて軽い」なにかを一杯。このマスターのおじさん、私のこと「美しい・・・」と小声でささやく。商売上手だ。幸治は隣で飲んでいる造船所で働くスコットランドの男性と歓談する。スコットランド英語の訛は仰天するほど奇怪だ。「彼は英語で話しているの?」と私は主人に訊く。「英語のようなんだけれど・・・解りにくいんだ」 もう一件店を訪ねる。なにしろパブの安い事がうれしい。幸治曰く「これで本望」とやや酔い気味。帰りに中華料理店だけが開いていたのでやっとの事で食事ができた。非常においしい・・・久しぶりの感じ。

この日記を書いている途中でなんと湯たんぽ(ゴム製)の配給がありこれまたびっくりする。  事多し、エディンバラ。スコッチの故郷。

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1973年 2月8日  ロンドン4日目

今日はいろんなことがありました。朝食後、まずコレラの予防接種をしてから、明日エディンバラへ行くために鉄道の案内所へ行った(エディンバラの発音が一番最初のエにあることを知らず中々通じなかった)。

そこで日曜日は電車が動かないと聞かされ、飛行機の案内所へ行くと、土・日の往復料金は平日のほぼ半額ちかくになる事を聞いた。片道は田園風景を見たいと思っていたので鉄道にしたかったのだが、鉄道片道£7.9、飛行機は往復£14.5。 それに過去10週間、日曜日はストのため鉄道は動いていないと知る。飛行機に決める。

国立美術館へ行こうとして道を間違えてロンドンの市場を見る。屋台に並ぶ野菜、果物、花、肉屋さん、とても上品な町の生活の匂いを知る。こういうのが旅行の楽しみ。良かった。 一度ホテルに戻る。

 

 

国立美術館・・・ゴッホ、セザンヌ、モネ、ルノアールのどこかで見かけたなつかしいような絵に出合う。本物なんだ! やっぱり素晴らしい、と妙な感激? あと宗教画が多かったが私にはあまり興味が無く一通り見たという感じ。

 

大英博物館・・・大英帝国時代の権力が象徴するかのような博物館。エジプトの古代美術品が「これでもか!」と言うくらいに多い。その中でかの有名なロゼッタストーンを探し求めて、お目にかかり感激!(たぶんレプリカだろうけれど) 古代エジプト文字・近代エジプト文字・ギリシャ文字の三種の文字で同じ内容の事が書かれているという石。古代エジプト文字を理解するうえで貴重な資料となった石。ナポレオンが持ち帰った??という石。          アッシリア、インド、中国そして日本のものも少し集められてある立派な博物館でした。

 

 

私の皮の髪飾りと主人の小銭入れを無くしてしまったことに気付いた。たぶん国立美術館で日本へ電話した時にでも忘れたのだろうと引き返した。主人の小銭入れが見つかる。さすがジェントルマンの国です。  娘、Cも元気な様子。博物館で娘Cと同じくらいのよく似た女の子を見かけて、忘れようと努力している私の胸があつくなる。

オックスフォードst.でKのバッグを買いピカデリー辺りをウロウロ歩く。スロットマシーンで遊ぶ余裕! 中華料理店の並ぶストリートの一件で夕食を食べる。久しぶりに「料理された」食事を食べる。美味しかった。 よく歩いた~。

 

 

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1973年  2月6日 ロンドン② 2日目

ホテルで朝食。家族だけでやっている小さなホテルで朝食は手作りでほのぼのした感じがする。(ヨーロッパは朝食付きのホテルがほとんどであることを知らなかった)ジュース。コーヒーorティー。牛乳。シリアス。卵一つor二つで、目玉焼きorゆで卵。ハムorベーコン。パン。果物。 みんな物静かで礼儀正しくて肩がこりそうな感じもするが、充実しているし家庭的な味で癒される。

ウエストミンスター寺院は、なんと古いことか。廃墟のようにさえ感じるが、すごく立派な建物。これぞ歴史。中で見た展示物の一連の女王様、王女様はなぜか美しくない。エリザベス一世は意地悪そうに見える。 どうしてこんな風に??(日本人の私と感覚が違うのかな?)

 

雪道の中をバッキンガム宮殿へ。 衛兵の交替式を観る。まるでおもちゃの兵隊さんが儀式をしているようだ。その形式は大英帝国の時代の儀式? 礼儀正しいジェントルマンの国の象徴なのかもしれない。  今はポンドの下落で元気のない英国ではあるが・・・。

 

そのあと、トラファルガー広場、ピカデリー広場を経てソホーへ。 昼食の為に小さな変わった安そうな店に入る。ところがおばあさん二人で生の魚を食べさせてくれる。ラッキー! オニオンを鰯で巻いた酢のもの。さばの生に近い燻製のようなもの。安くて美味しいサラダ。久しぶりに日本風の味でうれし~い。

ソホーはロンドンの繁華街。主人と私のコートを買おうということになり、ウロウロ、またウロウロ、、、時間切れ一時間前にようやく私のウサギの毛皮と主人のコートとそれぞれの靴を買う。ロンドンは5時を過ぎると街は真っ暗になる。毛皮は2万5千円くらい。コートは1万4千円位。日本に比べるとかなり安いと思う。

夕食後2階だてのバスの2階の一番前に乗って帰ることが出来た。この国は5時半過ぎないとビールが飲めないので主人はご機嫌斜め。

 

 

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