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Archive for 2018年11月

紅葉を求めて

奈良にドライブしました。

まずは千年の歴史を持つ「正暦寺」

私は知らなかったお寺ですが、

素晴らしいお寺でした。

ひっそりとした谷あいに佇む山寺。

日の光が当たるとこんなにも綺麗♪

凛とした空間、とても好きになったお寺です。

 

次に訪れたのは

談山神社(多武峰 トウノミネ)です。

ここは小学校の時に林間学校で訪れたことがあります。

来てみて思い出しました。

確かその頃は、宿に泊まる為にお米を持って

行きましたよ。60年以上前ですから(笑)

 

十三重塔

大化の改新発祥地だそうで

中臣鎌足が中央に祭られていました。

十三重塔は鎌足の子供たちが建立した

世界で珍しい木造の塔だそうです。

 

 


 

 

最後に女人高野「室生寺」

高野山は厳しく女人を禁制したした時代に

真言道場として女人の参詣を許したので

「女人高野」として有名になりました。


 


台風で大木が倒れて五重の塔は大きく損傷したけれど

もう20年前にもなり、

修復された今は屋根に苔が生えていました。


 

写真が苦手で、私が撮ったのはピンボケばかりで

笑えてしまいます。

晴天の中、主人は大変だったでしょうが、

紅葉を尋ねての良いドライブができました。

私の腰痛も今は少し落ち着いていて、

薬が効いて持ちこたえました。\(^・^)/

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1973年 1月29日

グランドキャニオンにやって来た。

想像していた通り、そのとおり、あまりに壮大であまりにも静寂。世の中のすべてのものが動きを停止したようにさえおもう。

自然の偉大さ・時間の無限・・・月並みな言葉だけれど人間が小さくみえる。はかない人間の一生の時間を痛感する。だからこそ、しっかり生きようと思う。人々が今なお憎しみあい殺しあっている世界がある。不思議な気持ちになる。

雪に覆われているかと思っていたけれど、層が幾重にも重なっている地肌は処によってはより赤く、また日光・陰によって変化する様はうつくしい。

 

グランドキャニオン2

 

 

食べ物を探しに来ていたリスが私の手からポテトチップを食べてくれたことがうれしくてしかたない。娘が居れば喜ぶだろうとまた思う。 雪の上には人間でない足跡がいくつもある。

 

寒い季節だったので、観光客が少ない。

来て良かった! この雄大な見渡す限りの断層の世界。

 

観光地だからこそ、立派なレストランでも安くて食べることが出来るアメリカです。(日本とそこが違う)。

 

 

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1973年1月28日

K(主人)記

サンディエゴからロス(飛行機)。そして再びグレイハウンドでグランドキャニオンへ向う。

通代とはじめての車中一泊。なつかしのアリゾナヘ再び突入。 明日は目があいたらGC(グランドキャニオン)だ。

(グレイハウンドのバスはアメリカ中に路線を持っている。お金に余裕のある人は乗らないみたいでした。決して危険ではないし、同じバスの中はみんな協力的でした。 赤ん坊を連れた母親がおられましたが、駅のコンビニみたいなところにつくと、夜中でも乗客は何か入用なものはないか?と訊ねて買いに行ったり、みんな親切でした。)

 

 

 

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1973年1月27日  サンディエゴ

サンディエゴにすんでいるDr&Mrsフォーテスキュウを訪れることになった。 (日本で知り合った友人カップルの夫のご両親)

ロスからグレイハウンドという日本の国鉄(JR です。 時代を感じます)に匹敵するバスで、カリフォルニア州の海岸沿いのハイウェイを南に150マイル。サンディエゴに着いてから市内バスでラ・ホヤという郊外の町の自宅を訪問する。

主人に聞いてはいたけれど、凄い高級住宅街。 それはそれは美しい海とゴージャスな家々と緑がうまく調和して、素晴らしい雰囲気をつくり出している。初夏を思わせる気候と、すべてが豊かな町。 どんなファッションで歩いても映える事でしょう。

Dr&Mrsフォーテスキュウの歓待を受けました。

はじめてアメリカの家庭を拝見させていただいた事は何より嬉しい。

働きやすい台所、家事室が特に素晴らしくため息が出る。明るく広々したリビング、平均レベルではない上流家庭。

Drフォーテスキュウはカリフォルニア大学の教授を教えている先生。私には??ですが、何度もノーベル賞の候補になっているそうな。お隣のお友達が日本から来た私達のことを知って遊びに来る。彼らも日本人に興味津々。

Drフォーテスキュウがデジタル腕時計(その頃は珍しかった)を買ったばかりとかで、皆が交代で「What time is it now?」と訊ねる。その度に得意げに答える彼と笑う私達。

お隣のお友達の奥さんが着物を持ってきて(日本人に貰ったとかでした)、着せて欲しいとおっしゃる。何とかお着せすることが出来てヤレヤレ。。着付けを知っていて良かった。

その友人が自分の家にもおいでと案内してくれる。やはり素敵なお家。  包丁のコレクションしているとかで、きれいに飾られていた。包丁は料理にはあまり使用しないらしい。(キッチン用のハサミの使用がほどんどだとか)。

Drフォーテスキュウの車でラ・ホヤのあちらこちらと案内していただいた。       彼は「次の車はマアツダが欲しい」とおっしゃっていた。

 

夕食に素敵なレストランを予約してくださっていた。海の白い波が打ち寄せる建物。とても印象的。

食事の後の残り物は「ドッギーバッグ」というのを貰って持ち帰る。(今の日本では当たり前ですが、その頃では珍しい出来事でした) 決して犬用ではないよ。とウインクするDrフォーテスキュウはなんと魅力的な方でしょう!

K(主人)記

DR+MRS FORTESCUOとその隣人P~ 夫妻(奥さんは土地のにほんじんに英語をおしえているとか)と一緒の食事。 両家のHOUSELOGY。

南カリフォルニアーーーさんさんと太陽。 あア!

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1073年 1月26日  ロスアンジェルス (ディスニーランド)

「アメリカへ行ったら一番何処へいきたい?」と聞かれた時は、いつも「ディズニーランド」と子供のように答えていた私。

とうとうやって来た! ロスからバスで。 5段階に分かれている乗り物の値段。入園券と10枚綴りの切符を買った。無駄にしないように考えて使う。

Eのチケットは 一番高い値段の乗り物で、さすがに素晴らしい。その中でも海賊クルーズは私達大人を喜ばせるアイデアが、実にうまく出来ている。 潜水艦・・・甥の憲吾達が喜ぶだろう。海に潜った感じがよく出来ている。 ジャングルクルーズは娘のCが喜ぶだろう。サイに追われて、木に登っている黒人達のお尻を角で突っつくサイ。その黒人のユーモラスなそれぞれの表情に吹き出してしまう。 あっと言う間に5時間が楽しく過ぎる。今度は必ず娘と一緒に楽しみたいと願う。

K(主人)記

ディズニーランドへ。たのしい。アメリカ的のいいところがよく出ている。 サブマリン、ジャングル、 海賊クルーズと。良く出来ている感心。

朝ホテルを変える。クラーク。(値段が安くなった)

通代がはやく元気になってほしい。少し鍛える。

明日、サンディェゴへ向う。

予算は今のところかなりオーバー気味。 まぁその内、おちつくだろう。

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1973年1月25日 サンフランシスコからロス

日本を発ってからずーっと眠れず。(今、写真を見ても私がどんどんやつれていっている)

夜中に消防車が4~5台きたので、火事かと驚かされる。

午前中、カリフォルニア大学バークレイ校に行く。主人が在籍していた大学。まずは大学内で洗濯。そして、バークレイ大学の広い広い校内を散策。緑・緑に溢れている。

思い思いの服装をした学生達。ヒッピー達も多く、いかにもアメリカの若者だ。ナップサックのような袋に本をいれ、背に担いで自転車で校舎・教室を回る女の子達が印象的。(今なら少しも珍しい光景ではないけれど、当時のわたしには新鮮でした)  手作りのものを道に広げて売るヒッピーたち・・・自由なアメリカらしい。

 

ロスアンジェルスに向かう。

今回、主人に会って言われたこと「これからの旅行のホテルはどこも決まっていない。ハワイのホテルが最高で、良いホテルは最後だと思って欲しい」 覚悟しなければ!

 

K(主人)記

通代と一緒にバークレイへ。なつかしい。コインランドリーで洗濯。シャタックからバークレイ構内。通代がねむれないで疲れ顔。まいった、本当に。 東湾、前日までと違って雲が出た。大急ぎで空港へ。

ロスではホテル探しに一苦労。結局HOLIDAY INN 。23ドルは痛い。日本に電話。ギャリーに逢う。どういうわけかウエンディも一緒。夜、ギャリーの車でハリウッド・グローマンズチャイニーズシアター等まわる。通代はいまにもダウン。ギャリーと日本で再会を約してー。 ロスはシスコより寒い。けど、53°F

 

(ギャリーはアメリカでの友人。後に有名なコメディアンになる。ウエンディはその彼女。今から思うと一泊二人で23ドルはとても安い)

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1973年1月24日 サンフランシスコ 二日目

 

午前中、ツインピークスへ観光バスで行く。昼のサンフランシスコは、またまたエレガンス。スペイン風な家並におとぎの国に来ているようだ。眼下にフリスコの町が一望できる。

 

お昼のフィシャーマウンズにもう一度足を向ける。カニの湯がく匂いが食欲を起す。 新鮮でオイシイ魚介類を食べる事ができた。

 

 

午後2時、バスでミューアの森に着く。小川のせせらぎ、大きなレッドウッドあるの樹木の森は、どこか日本を思い出させる。美しくよく管理されている。

 

サウサリトウはヨット・ヒッピー・芸術家のまち。楽しい作品が店々に並ぶ。買って帰りたいものがあるけれど、旅が始まったばかりの今から買うわけにはいかない。

 

赤いゴールデンブリッジはサンフランシスコに似合う。 お天気に恵まれ太平洋の風が心地良い。

 

夜はチャイナタウンで久しぶりに中華料理をたべる。全体的にうす味でとても美味しかった。満足。チャイナタウンと呼ばれるだけあってまるで中国の町の感じがする。今日は中国のお正月。どこかでバクチクの音が聞こえる。 

 

 

 

日本を発ってから、緊張と興奮しているのか、ずぅーと夜が眠れないでいる。今夜、眠れるようにと祈る。。。少しウィスキーでも飲んで寝よう.
(アルコールは睡眠には逆効果だという事に、二人とも気が付きませんでした。また主人のお腹に、全財産が腹巻に入れて巻いていますので、お腹がぷっくり出ています(笑) )

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SF

 

・1

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