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Archive for 2012年6月

次女が2か月余り 仕事を兼ねてハネムーン滞在(?)しているバリ島に、
長女と行ってきます。
海を見てのんびり、とろけて過ごしてきま~す。
なによりのぜいたくな旅だと思います。(^-^)
感謝。全てに感謝。 主人に感謝。

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2012年 5月31日 

主人が強く希望した今回の行きたかった所、大西洋岸に浮かぶアラン諸島。
その中のイニシモア島に行きました。今日は雨。アラン諸島には
雨が似合うと想う。

司馬遼太郎が「街道をゆく 愛蘭土紀行」を書いたのは今からどのくらい前
だったのだろう。
・・・人間が生きていくうえで、最低の条件の島々。 農地はほとんどなく
風で集まったわずかな土を女たちは手ですくい、自分の畑にしているところ
に持って行く。飛ばされないように石を置く。
海藻を背に担いで畑に持ってきて乾燥させ混ぜて肥料にする。
男たちはカラックという布張りに防水の塗料を塗った小さな船で漁をする。
女たちはアラン織と言われる羊の毛をつむいでセーターや帽子を作る。
前処理をしないで撥水がいい。 各家によって編み方変えている。
溺死した時にどの家の者かが分かるように。。。
どうして人間が、こんな土地に住まなければならないのか。しかも、
どうして彼らはこんな土地をつくった神をのろわずに、かえっていそう
信心深いのか・・・
というように書いていた。(と思う)


(最低限の生活を)期待して行ったわけではない。
ただ、今の変化に驚く。

確かに豊かな土地はない。岩盤の上に草が生え羊もいる。
畑はせいぜい20センチほどの深さとか。ジャガイモは収穫できるが
畑の広さは少ない。



イニシモア島(大きな島という意味)の人口は800人ほど。その所に
今は年間25万人ほどの観光客が来ている。島へ行く船も満席だ。
手編みの製品を売っている小さな店は人が入りきれないほどで
よく売れている。 主人も私も帽子を買いました。(撥水するので雨に強い)


それでもストーンレースと言われる石で垣根をつくっているのは、
人間の執念というかすさまじい力に驚くばかりです。
ストーンレースと言われるゆえんは、空気の流れを通すように
手で一つ一つ風穴を空けて積んであるだけの垣根です。

いくら風穴があっても崩れていないのが不思議な気持ちがするほど
単純に積み上げてあるだけ。。



カラックと呼ばれる布製の船           



              
イニシモア島の見どころは、ドン・エンガス(エンガス砦)。
3000年前以上前に作られたと言われている。
海面から直角にちかい岸壁で、怖いので寝そべって下を覗いている人が多い。
高所恐怖症気味なのでそれさえも怖い。



       
  
  馬車にものりました。





寒かったのでこのお店でいただいた暖かいシーフード・スープがおいしかった!

現在のイニシモアの家々

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2012年 5月30日
お城の中にあるゴルフ場でゴルフ組はゴルフを楽しむ。

しず子さんと私は鷹匠を経験することになりました。
昨日、乗馬が得意でお遊び馬に乗らず本格的なカメラでいつもみんなの写真を
撮ってくれているK.H氏が城内で鷹匠を経験できることを発見してくれました。

私達に教えてくれる先生はフランスから来ているチャーミングな若い女性でした。





             手振れしていますが・・・

ガイドのみえ子さんも初めてだということで、交代しました。

           しず子さんとガイドのみえ子さん(中)と         




昼食の後ゴルフ組と一緒になり、アッシュホード城とお別れしてバスで
ケルト文化を色濃く残す西武の中心都市《ゴールウェイ》に向かいました。
英国クロムウェイの攻撃によって破壊されましたが、現在は大学都市として
若者の活気のある町に変身しています。

川の左端には鮭が上りやすいように段ではなく斜めになっています。

ゴールウェイ大聖堂内にはケネディーの横顔のマスクが。

明日、ここアイルランドの総選挙が。この看板は今日でなくなるの?

              YES(EUに残ります)のポスター


                   NOのポスター
ガイドをしてもらって賑やかな町をまち歩き。



今夜の晩餐は二手に分かれることに。中華料理「敦煌」と
シーフード専門レストラン。
私達はシーフードのお店。とても美味しかった。

このお店の生ガキは素晴らしく美味。色々注文しましたが
これにはビックリ


あき子さんカップルと、あっけにとられて涙が出るくらい笑いました。
エビの天ぷらが串に刺してあり、結構美味しい~。
下にはアジアンカレーでこれも美味しい。

お隣の三人のグループ(二人はカナダから)の一人が、私達のを見て
同じものを注文。また笑いました。

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2012年5月29日
アッシュフォード城で6人が乗馬を経験しました。 
お一人の夫は大学時代乗馬クラブでお遊びの乗馬に興味なし。
もうお一人は馬の調子悪くて、、それより何よりスケッチ画をかかれるのです。
毎日スケッチで日記を書いておられました。敬服。
小一時間ほどお城の中を歩きました。


なかなか様になっているでしょう? 加齢した、おとなしい馬ばかり。
私は昔から乗馬に興味があったのですが、習う機会がありませんでした。


長年、ダンスをやっていたので乗馬にも役に立ちました。
(相手の動きを察すること、相手が動きやすい動きをすること!を学びました)
馬の動きに腰を上げたりするリズムをつけることが出来たように思います。
道端の草を食べに行こうとすると、反対のタズナを少し引いてやるとまっすぐに歩みます。




乗馬の後、お城から遊覧船に乗って、観光。





午後 バスでコネマラ国立公園へ行く途中でムール貝の養殖をしている小さな村にさしかかり
ここで昼食を取ることにしました。

生ガキとムール貝のミルク煮。なかなかおいしい~。




バスから見える景色。石垣の中の羊さん
アイルランドの西側で岩盤が多くなっています。

コネマラ国立公園にあるカイルモア修道院。
ミッシェル・ヘンリーが妻のために建てさせたという。
その妻と娘に先立たれ、この城を売却した後、修道院になった。
すぐ近くに、亡き妻の為に建てられた教会もある。


カイルモア・ガーデンを見た後、バスでアッシュフォード城にもどりました。
今夜の晩餐はアッシュフォード城内のレストランで。


     しず子さんカップル

二日目からはみえ子さんも一緒。
今回の旅は朝食以外、食事の場所を決めていなかったのが、とても良かった。
その日のその時の気分次第。 幹事さん、正解でしたね~。

 

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2012年 5月27日 

朝5時半に起きる予定が、喉の痛みで目が覚めたのが4時。
ヤバイ!薬を飲み、うがいをし、喉にブロポリスを吹きかけて風邪に備えました。

10:30分 関空から出発。
       オランダのスキポール空港でトランジット。
17:35分 再びアイルランド、ダブリンののんびりした空港に着く。
    
今回は北極回りで時間的には前回よりは速く着きました。
それでも遠い国です。 ぐったり疲れます。
  
ガイドのみえ子さんが迎えに来てくれておりました。
年齢が近かそうで話が合いそうです。大きなスーツケースを持って来られていて
この旅のすべてをガイドしてくださるという。日本を出て30余年だそうです。
先週は暖かだったのに、今週は結構寒いとのこと。
夜10時過まで明るいというアイルランド。空港の近くの草地に牛がのんびり。

ダブリン郊外北西部のメヌースのホテルへ直行。

CARTON HOUSE  元伯爵の一つの別邸


お腹がすいたので、庭のゴルフ場のレストランへ集まり
アイルランドの黒ビール、ギネスで乾杯をしました。黒ビールギネスは
飲めない私が、前回来た時においしいと思ったビールです。
泡がクリームのように滑らかです。
適当に注文をしてサンドイッチ類を食べたのですが、ホイルに包まれていて
テイクアウトをしていたガイドさんの分までたいらげました。(汗)
食後、ホテルの中をブラブラ。

写真の苦手な我が家の写真しか、今のところはありません。
みなさんから届き次第、追加・変更していきます。

2012年 5月28日
朝、それぞれ夫婦が勝手にホテル内を散策。




               

        

    
広くて美しい庭でしょう~~~。

バスで西部の町コングにに向かう。 今夜から2泊はアッシュフォード城です。

アイルランドへ来たからには泥炭の畑(?)採掘場に興味あり。
バスを降りて見せてもらう。
採掘したものは干されて、圧縮されて、炭のようになりアイルランドの家庭の燃料
になる。
太古の草(ヒース等)が炭化したもので、柔らかい踏み心地です。EUからは
採掘の自制を強用されているそうな。。。


「クロンマクノイズ」 に案内されました。初期キリスト教修道院遺跡跡です。
アイルランド修道院の特徴であるハイクロス(十字架と太陽が合体している?)
ラウンドタワーになっています。
とても良いお天気で、美しい景色が広がります。観光客が多い季節であることを
実感しました。


                     海に白鳥が。




いよいよ緑豊かなリゾート地、コリブ湖の北端に位置しマスク湖のあいだにあるコングの町。


今夜の宿泊するお城アッシュホード城です。

1228年に築城された緑にかこまれている美しいお城。
映画のワンシーンに出てきそうです。 140ヘクタールの敷地にはゴルフ場や乗馬、テニス
が存分に楽しめるそうです。
一時期はギネス家が所有していた(ギネスブックでおなじみ。もちろんギネスビール)。
2Fには各界の著名人が泊まった写真が飾られておりました。

          
                  私の部屋から見える景色



                   リビングで

        

部屋に荷物を運んで、すぐにまち歩き。
コングの町に来る人は必ずジョン・フォード監督、ジョン・ウェイ主演の映画「静かなる男」を
見ておくべきです。
小さな町は 「静かなる男」 一色(?)です。 私達も撮影された家で衣装を着けて
記念写真を撮りました。



                   なおちゃんカップル





   
          家の下に川の流れるガーデニングの美しい家

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5月27日から12日間アイルランドへ「お気楽」と呼ばれるファミリーで行ってきました。
今回は一組が行けずで4組での完全な観光旅行。

アイルランドについて、今度は結構勉強していきました。
司馬遼太郎の「街道をゆく 愛蘭土紀行Ⅰ・Ⅱ」を読みました。
司馬遼太郎氏はこの上なく大好きなアイルランドを愛おしく書いておられました。
映画「ライアンの娘」「静かなる男」「マイケル・コリンズ」でそれなりの理解をしておりました。

ジェームス・ジョイスは世界の文豪に大きな影響を与えました。
イエーツ。 ベッケット。ジォージ゙・オーウェル等々。
そしてジョナサン・スウィフトは誰もが知っているガリバー旅行記。

現在、アイルランド、ギリシャ、スペインがECの中での経済破綻国です。
私達がアイルランドに居る5月31日に国民総選挙があり、EUに留まると
国民が決めました。 緊縮財政に入ります。
アイルランドはITバブルの利益を銀行が投資し、リーマンショックを受け
財政破綻に陥りました。ギリシャとは少し違います。
今回旅行した仲間は経済破綻国について、たぶん不思議な感覚を持ったと思います。
ホテルで食事しても、すぐに満席になっているし、町はにぎやかで、パブも盛況です。
家々は可愛く綺麗で、国中清潔。ブルーシートの家など、一軒も見当たらなかった。
何が豊かなのか? 日本はアイルランドより豊かであるのか??

現在人口400万人に近く(若者が籍を置いたまま海外へ流失している。社会保障が良いのでヨーロッパから老人が流入しているのが大問題)。
首都ダブリンに100万人。
USA等にアイルランド系人口は10倍以上の4000万人。
ケネディーとレーガンの二人の大統領を生みました。
ちなみに、マッカーサー。ジョンウェイ。マクドナルド。
マックやオーの付く人はアイルランド系。スカーレット・オハラのオなど。

アイルランドの私のいい加減な歴史観(・・・間違っているかもしれませんが・・・)
アイルランドは古代人が住んでいた所にケルト人が入って混ざりました。
今もケルト人色の強い国です。
日本とよく似ていると思えるところは多々ありました。
東西の端っこの小さな島国。
八百万の神の日本と妖精の多いアイルランド。 
資源の無い国。 清潔好き。 優しい人柄?。

聖パトリックによってキリスト教・カソリックが伝わりました。
聖パトリックは一神教のカソリックなのに、アイルランドに住んだことがあり、
性格的ないい加減さ(?)で妖精の存在を認めた。
そこでキリスト教カトリックが宗教として広まる。

個々の能力は秀でているものの ケルト人は歯車の一つになるのが苦手で、
連帯力は薄い(仲良しではある)。で、戦争にはメチャ弱い。

16世紀 英国の植民地化が進行しクロムウェルのアイルランド遠征により
人口の三分の一が虐殺されるか亡命した。
ほぼ全てのカソリック教徒の土地が没収され、三分の二で収穫される」小麦を地主
(プロテスタント)に納めさせられた。 教育・職業の自由も奪われ、入札の小作人として
空恐ろしい境遇に追い込められた。
1828年 ダニエル・オコンネル等の尽力によりカトリック教徒解放法が定められるが
その後、ジャガイモ飢饉もあり、アメリカ合衆国への移民を促進させた。
西暦2003年年頃だったと思う。英国がアイルランドに正式に謝罪して
今は落ち着いている。

アイルランドは東側は肥沃な島ですが、西側は岩盤の土地で20センチほどの
土しかない。司馬氏によると氷河が流れ出す時に肥沃な土地を削ったとある。
草原は広く人口より数倍の羊・牛・馬が放牧されています。

北アイルランドはプロテスタントで英国に属しています。ユーロではなくポンドが通貨です。

小泉八雲 (ラフカデヨ・ハーン)がイエーツの言葉を書いているのを
司馬遼太郎が愛蘭土紀行に載せていた。
「アイルランドには資源はないが、妖精だけはいっぱいいる。
ケルト人の心がもし他民族が伺い知れぬほど深いとすれば、そのなかに妖精が
住んでいるからだ。と私は思っている。
アイルランド人の頭の中は、虹色の気泡があるに違いない。
気泡を持たない不名誉なアイルランド人などいるだろうか?」

歴史深いアイルランドに再び訪れ、ヨーロッパの歴史が
深く感じられたように思いました。

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