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娘からZさんが今日描いたという

絵が送られてきました。

ゼノの絵 2017年10月

 

なんて可愛い~。♪

4歳になると

こんな素敵で可愛い

キリンさんを描くことが出来るのね。

凄い!な~\(^o^)/

雨が続き小寒い日が続いてます。

この絵の暖かい日差しの中の

ほんわかしたキリンさん、蝶々さん💕

8月9月は山ほどいろんなことがあり

少々参っていましたが

ゲンキンなもので

この絵を見て一気に元気になりました。

Sさん、Zさんありがとう~ね。

 

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ボタンティアの仲間で仲良しだった4人。

今日は3人で8月に逝ってしまった友Kさんの

偲ぶ会をしました。

4人でよくランチをした近くのお店に行くと

思い出話に3人は涙が出ます。

 

 

席から見えるお庭

 

この前、4人で此処に来たのは

今年の4月1日

彼女もランチをペロリと完食。

とても元気に見えました。

もう一人の人がお仕事でボランティアを

辞めるというので4人で集まりました。

その時、Kさんが3人に作ってくれた

スワロフスキービーズのキティちゃんの値付け。

 

今、この席に彼女が居ないことが不思議な感じがします。

でも、ふっとした瞬間、

空いている一つの席に彼女が来たような

感覚になりました。

でも、今頃は

ご主人の傍であの可愛い笑顔で居ることでしょう。

ある対談

先日、何気にテレビのチャンネルを変えていた時

NHKの教育テレビで目が釘付けに。

確か「達人×達人」の再放送だったと思います。

このお二人、正確には三人は

どういうお人たちなんだろう?

お一人は79歳の柳澤桂子さん。

(生命科学者・エッセイスト・歌人)

ベッドを45度くらいにしておられた。

眼の強さとはっきり話される姿に心が惹かれました。

私は勉強不足で存じ上げていませんでした。

お茶の水大学を卒業してから

コロンビア大学院で遺伝子学のPh.Dを取得された。

31歳の時、突然の病気。

原因のわからぬまま、長年にわたり苦闘なさった。

柳澤桂子さんの本を数冊読みました。

「認知されない病」(現代医学への根源的問い)を

読んだ時、お気の毒で辛い気持ちになりました。

よくぞ生きて来られたとビックリしました。

「あとがき」を読んだ時

柳澤桂子さんの優しさに眼から鱗が・・・。

柳澤桂子女史はずーっと

生きることの根源的な意味を問いづづけておられます。

私は71歳で生き直しをしなければ!。

もうお一人は福島智さん

9歳で失明。17歳で聞こえなくなられたそうです。

今は東京大学の教授。

もうお一人は福島智先生の通訳の女性。

見えない・聞こえない人の通訳さんは

先生の手の甲側の指にトントンと自分の指で信号を

速いスピードで送っておられました。

福島先生はこの通訳さんのお陰で

世界に繋がっている。

福島智氏は話すことは出来る。

聞こえないから声が安定していない時も有る。

一番辛かった時は、全く聞こえなくなる前段階と話されていた。

あがき苦しんで断食道場に入って

一日一食にして、10キロ走ったそうです。

(母親に自転車に乗ってもらって、紐で自分と繋いでもらって)

それでも、全く聞こえなくなった時

逆に「無」の精神になって

必死で勉強なさったそうだ。

お二人はとても辛く苦しまれたでしょう。

多くの人々を救うため

この地球に送られてこられたのかもしれない。

ヘレンケラーさんの事を知った子供の時も

私はそう思いました。

お二人の本を沢山読んでみたいと思っています。

 

 

 

次女がフェイスブックに載せていた文に

思わず笑ってしまいました。

夜 「ママはZ が生まれる前はママじゃなかったよ。

Zがママにしてくれたよ。ありがとう」って

素敵な話をしたつもりが

朝になって、相方(Cパパ)に説明中、

「ママは僕の小さかった時はママじゃなかったよ」って

悲しい話に変化した件、

4歳児には分かりにくかったか。

フェイスブックにはあまりコメントしない私ですが

4歳児には哲学的過ぎたかなぁ(笑)

と、コメントを送りました。

本人も十分抽象的だから、分かるかなと思っちゃった。

と、次女の返信コメント。

4歳児は面白い。

 

 

昨日、娘から動画が送られてきました。

なんと、Zさんが泳いでいる!

コンドミニアムのプールサイドから

ドボンと飛び降り

パパのところへ。

パパに抱きあげられて、今度は

撮影している娘の方に向かってバタバタ足で

泳いで来るではないですか!(@_@)

おめでとう~。\(^o^)/ 感激です。

私が居た先月の8月の後半、プールでは

Zさんは両腕に小さな浮き輪を付け泳いでいました。

それでも、足の着かない深さだし

顔に水がかかっても平気だったので

「もうすぐ」だと思っていました。

子供って、ある日突然

出来なかったことが出来るようになる。

私、この動画を何度見たことでしょう。(笑)

いつでも見ることが出来るように

主人に頼んでデスクトップに入れてもらいました。

逆に一つずつ出来なくなっていくわが身です。

Zさんは9月からコンドミニアムのすぐ近くの

幼稚園に変わりました。

4歳になると、もう自分がしっかりありますから

最初の日はパパと一緒に、嫌々行きました。

すぐに慣れて、近い分早く家に帰って来ます。

そして、プールに入る機会が増えました。

前の保育所は私立の

インターナショナルスクール。

日本語の先生もおられましたが

近くの幼稚園は公立。

日本語はママが頑張って話していますが、

英語が主流になっていくことでしょう。

私と通じなくなる? そのかわり、

中国語の出来る先生や友達なので

ひょっとしたら

中国語が得意になるかも??

ばぁばバカですね。

 

 

 

 

私の今回の最後の日

Zさんが学校(保育園)へ行く時、

お迎えのバスが来る一階のところまで送って行きました。

日常が戻ってきました。

 

 

滞在の五日目くらいから、私の咳が出始め

葛根湯・風邪薬など飲みましたが、風邪に弱い体質が

心配になってきました。

タクシーで、チャンギ空港第2ターミナルへ。

思い込みとは怖いもので

第2ターミナルにはシンガポール航空のカウンターはあるものの

ファーストクラスのみの受付とか!

前回の通りではなかった。

私の乗るエコノミーは第3ターミナルだと教えられ

トレインor ブリッジを超えてから

エレベーターに乗りなさいと教えられた。

なんせ、英語に弱いというかよく分からない。

ガラガラとスーツケースを引いて

広い車道の上のブリッジを歩くことにしました。

トレインを乗るとまた違う所に行く可能性もある~(笑)

でも英語が分からなくても

老人一人でも空港内は大丈夫。

ウロウロしながらもシンガポール航空の

受付までたどり着きました。

ところが、

飛行機に乗る直前の手荷物検査のとき

私の指紋(かなり薄い)が写真に撮れない!というので

別の所に行き

両親指だけでよいはずが、10本全部

写真を撮られました。

もう悪いことが出来ない!

待合で、機長他関係者がまだ乗っていない。何故?

輪になって会議しているみたい。どうしたの?

出発1時間以上遅れてようやく、機長達が乗り込んだ。

当然、関空に到着するのもかなり遅れました。

主人が迎えに来てくれていたので

涙が出るくらいうれしく

感謝して家に帰って来ました。

ありがとう。

この後、娘にメールした時、

仲良しだった友の訃報を知りました。

お通やと告別式の後、

力尽きたように、風邪で寝込むことになりました。

友は病気が発覚した時から体調悪く、

会うこともなく、私が会計を引き受けました。

もっと会えなかったのだろうか?

入院ではなく自宅療法なので

体調の悪い事を遠慮しすぎて

ショートメールを時々、

電話も時々しか掛けなかった。

いっぱい後悔はあるけれど

お別れするのを待っていてくれたのですね。

ありがとう・・・。

孫たちに風邪が移っていないことを願っていました。

大丈夫だったそうで、良かった!

8日間のシンガポール

のんびり、ゆったりと過ごして来ました。

みんな、みんな、ありがとう。

私が帰った後に撮ったという写真

Aちゃん、一人でバナナを食べれることが出来るようになった!

 

長々と書き綴りました。

お読みいただいて、ありがとう~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滞在4日目にCパパさんとZさんが帰ってきた。

とっても元気!

五か月ぶりのZさんは幼児から

すっかり少年に入って来ました。

優しさはそのまま、

でも、男の子らしくヤンチャになっていました。

 

 

 

 

アビーさんと

 

 

うーん、やっぱりZさんはハンサム(笑)

 

食事時になると

「ばぁばも居てみんなで食べるのがうれしい~」など

喜ばせてくれます。

ベビーシッターさんもいつも一緒に食べます。

Zさん曰く「僕ね、ママもパパも居ない日も大丈夫だったよ。

でも、寂しくて泣いたりしたよ」

「悲しい時や痛い時は泣いてもいいのよ」とママ。

Zさんの部屋

Zさんのベッド

私は今回はZさんお部屋で寝ることにしました。

Zさんは帰って来た日から、ママの横で寝てました(笑)

 

シャワー&トイレ室も3つあり

Zさんのお部屋のつづきのシャワー室で

ZさんとAちゃんと一緒にお風呂?

Zさんは

いつものおやすみ時間にベッドで寝たものの

時差で深夜に起きて来て賑やかに過ごしていました。

ママとパパは交代でZさんと遊んでいました。

翌日は、お昼まで寝て、学校(幼稚園)はお休みしました。

コンドミニアムのプールで久しぶりに親子揃って!

 

 

 

 

パパ一人だけでもAちゃんをプールに遊ばせに行きます。

 

子供は素直だから時差はなかなか戻りません。

私が日本に帰ってもまだ時差は残っていたそうです。

Zさんが機嫌悪くパパをぶっているところを

ママに見つけられ

「パパがZに何か悪いことしたの!

どうして叩くの!」

と酷く叱られていました。

ちゃんとママらしく頑張っていました。

(私はベッドに居たので寝たふり・・・)

自宅内の一部屋を研究室にして

二人は教壇に立たない日はその部屋で仕事をしています。

研究が評価されればそれでいいわけだから

子供たちにもいいですね。

 

アビーさん、ウミさんはインドネシアから来ています。

日曜日はお休みの日で、

学校へ勉強に行きます。(通信教育も受けています)

シンガポールには近隣国の貧しい家庭の人が働きに来ます。

娘夫婦はアビーさんが優秀な人なので

インドネシアで結婚しても、子供を産んでも

出稼ぎに出なくてもいいように

英語の教師の資格を取るために、お給料以外に

学費を出しているようです🎵

④に続きます。